第17話 王都へ

 十万人大虐殺。アレンとセレナはロランに気を遣い触れなかった話題だ。それをあろう事か黒装束に身を包んだ女がズバッと切り込みを入れた。


「お前っ! ロランが何のために殺ったか──」

「アレン」


 ロランはアレンを抑えた。


「僕は大丈夫だから。確かに僕は戦を防ぐために十万人を殺した。けどね、あいつらは人じゃない」

「なに?」

「あいつらは戦を略奪や凌辱、快楽殺人としか考えてなかったんだ。だから僕はギフトじゃなく、この手を汚した。正々堂々と国と国の意地をかけて戦うならまだしも、あいつらは心の底から腐っていた。あいつらの言葉を耳にした僕はあいつらを許せなかったんだ。だから……僕は何一つ後悔なんてしてないし、間違った事をしたとも思ってないんだよ」

「……帝国はそこまで腐りきっているのか」


 その呟きに復活したマライアが口を開いた。


「元々バイアラン帝国は小さな国だったのよ。けど初代皇帝から二代三代と欲望のまま近隣諸国を侵略して今の形になったの。あの国に正義なんてないわ。自分達より弱い国は徹底して叩く。そんな国なのよ」

「それは授業で習いました。そして実際に見てあれほど民度が低いと初めて知りました」

「そう。あの国はこの地域の最大の癌なのよ。侵略を防げただけで御の字よ」


 そのマライアの言葉に黒装束の女が頷き、再びロランの腕に抱きついた。


「そっスね~。なんならウチとロランさんで帝都襲撃します? ウチらの力を合わせたら秒っスよ秒」

「だから離れなさいっての! ロランは私の執事なのっ!」

「何言ってるんっスか頭~。ロランさんには執事をやらせるよりウチのいる部隊に配属させた方が絶対良いっスよ! そしたらもう帝国なんて手出しもしてこなくなるっスよ」

「そうなの?」


 ロランの意識が黒装束の女に向いた。


「知りたいっスか? 知りたいなら仲間に入るっスよ~。ロランさんなら即隊長っス」

「ジェード!」

「はひっ!?」


 マライアは真剣なトーンで黒装束の女を静止した。


「ジェード、任命権は私にあるって忘れてない? あみり調子にのってると切るわよ?」

「す、すすすすんませんっしたっ! ウチはただの影っス!」

「それで良いのよ。呼んでもないのに出てこないで」

「はいっス~!」


 そう言い、黒装束の女は天井裏に戻っていった。


「マ、マライアさん? 今のは……?」

「ただの雑音よ。ロランは気にしないで良いわ。それより、明日は私と王城に向かうんだからね?」

「は、はい。でもマライアさん、王様ってどんな方なんですか?」

「国王? そうねぇ……」


 ふとマライアに悪戯心が沸き上がった。


「国王は……怖いわよ」

「へ?」

「国に仇なす者は容赦なく断罪するし、意にそぐわない貴族は僻地に飛ばすわ」

「ちょ、マライアさん?」


 アレンはそんな事はないと言いかけたが、マライアに目で止められた。


「今回は国も戦の準備をしてたしねぇ……、それが突然なくなったんだから……もしかすると色々請求されちゃうかもねぇ~」

「そんな! マ、マライアさん? 当然一緒にいてくれるんですよね!?」

「まさか。謁見はロラン一人だけよ? 国王の機嫌を損ねないように気をつけなさい?」

「い、行きたくないぃぃぃっ」


 そうして久しぶりの食事は混乱の中過ぎ去り、ロラン片付けを終え、明日に備えて一人自室へと戻った。


「……戻ってきたんだなぁ。元の日常に……。うん、頑張って良かった……おやすみ……」


 久しぶりに自分のベッドで眠るロランだった。


 そして翌朝。


「じゃあ行くわよロラン。もう馬車が来てるわ」

「は、はい。じゃあアレン、セレナ。屋敷の事お願いね?」

「ああ、こってり叱られてこい。骨は拾ってやる」

「怖いこと言わないで!?」


 そうしてマライアとロランは馬車に乗り込み王都へと向かっていった。


「……なんだアレは」

「さあ……」


 そんな馬車の天井でジェードが倒立腕立て伏せをしていた。


「確かジェードとか言ったか」

「そうですね。マライアさんの部下らしいですが……正体不明です」

「おかしな奴だ。さて……俺は寝る。もう瞼が限界だ」

「寝起き良いなって思ってたら寝てなかったんですね」

「ああ。見送りだけはしてやろうとな。ふぁ……。あとは頼んだぞセレナ」

「はいはい」


 アレンはロラン達を見送るため完徹していた。そしてついに眠気が限界をむかえ、フラフラと屋敷に戻って行った。


「さて、私はお掃除でもしようかしら。食事は……あの様子だとアレンは起きてこないし、自分のだけ作ろ」


 セレナは屋敷に戻り仕事に精を出すのだった。


 一方、王都へと馬車の中では。


「マライアさん」

「なにかしら?」

「あのジェードって人はなんなんですか?」

「ジェード? ああ、アレは私の部下よ。私が裏の仕事をしているのは知ってるでしょ?」

「はい」

「ジェードはスパイとして敵になりそうな国に潜り込ませてるのよ」

「危険じゃないんですか?」

「普通なら危険ね。でもジェードなら大丈夫なのよ。あの子のギフトは【忍】っていってね。ここからはるか東にある島国にいる【忍者】と同じような事ができるのよ」

「へぇ~……忍者」


 ロランは今一つピンときてないようだ。


「ウチの事っスか?」

「へ? わっ!?」


 窓から逆さまにジェードの頭が見えた。


「上にいたの!?」

「移動中の警護もウチの仕事っス。まぁ……ロランさんに警護は必要ないかもっスが」

「ジェード、中に入りなさい。警護は必要ないわ」

「はいっス。ほっ」

「わっ!?」


 ジェードは窓枠を掴み空中で回転し、足から馬車の中に入ってきた。


「あ」

「ちょ──わぁぁぁっ!?」


 ジェードは勢いをつけすぎ、ロランの顔に向かい足から飛んで行った。


「ほっ」

「うぐっ!?」


 だがジェードは器用に天井の継ぎ目に指をかけ、ロランの上にスッポリと収まった。


「あははは、失敗失敗。おや? なにやら硬いモノが……」

「ベルトだよ!? 降りてくれないかな!?」

「ウチは別にこのままでも──」

「ジェードォォォ? 降りなさい?」

「し、失礼しましたっスゥゥゥゥゥゥッ!」


 マライアは冷ややかな笑みを浮かべ、怒気を含んだ声色でそう命じるのだった。

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