第15話 撤退

 宿に戻ったロランは只今絶賛床に正座させられていた。


「で?」

「も、申し訳ございませんでした……」

「そうじゃないですよ! なぜ一人で行ったか聞いてるんです!」


 二人は大層怒りまくっていた。アレンは椅子に座り手足を組みながらこめかみに血管を浮かばせ、セレナは立ったまま顔を真っ赤にしている。


「なぜって……。それは……危険だったから?」

「ほ~う。俺達はそんなに弱いか。ん?」

「……ああ、弱い」

「「なっ!」」


 ロランは二人に向かいはっきり弱いと言いきった。


「二人ともさ、鍛練はしてるだろうけど実際に戦った事ないんじゃない?」

「それは……」

「だ、だからってなにも一人で行かなくても! 私達が行かなかったらロランさんはあそこでずっと倒れてたかもしれないんですよ!?」

「それはないかな。ギフト【体力回復】があるし。少しだけ休めばすぐに動けるようになってたよ」

「あぁぁっ、もうっ! アレンさん、この人なんで怒られてるか全くわかってませんよ」

「そうみたいだな」


 アレンはロランを見下ろしながら言った。


「確かにお前は強い。俺達と違い実戦もしてきたんだろうよ。だがな、俺達は仲間じゃなかったのか? 大事な時に頼られないとなると少し悲しいぞ」

「それは……」


 ロランは少し言葉に詰まり、やがて顔を上げてこう言った。


「今回は仕方なかったんだ。まさか戦になるとは思わなかったし、二人を鍛える時間もなかった。もう一年あれば二人にも実戦を積ませ、その辺の兵士にも負けないくらいには鍛えてあげられる予定だったんだよ。そもそも二人のレベルは?」

「うっ……それは……。セレナは?」

「……8ですかね」

「俺は12だ。ちなみにロランは?」

「僕は200」

「「200!? なんでそんなに!?」」

「あ、多分さっきの戦闘でもっと上がってるかも」


 ロランのレベルを知った二人は唖然としていた。


「もしやそれもギフトか?」

「うん。ギフト【取得経験値倍化】だよ」

「それは俺達にも効果があるのか?」

「いや、そこは【経験値分配】で。倍加した経験値を三人で分ける感じかなと」

「「……」」


 アレンとセレナは顔を見合せ頷いた。


「ロラン」

「な、なに?」

「今回の事は俺達に対する裏切りだ」

「う、うん……」

「帰ったら俺達を連れてダンジョンに向かえ。そして経験を積ませろ。それで許す」

「わ、わかった。それで許してもらえるなら」

「私はそれだけじゃ許しませんよ」

「え?」


 セレナは腕組みをし、ふんぞり返りながらこう言った。


「どうせダンジョンでいっぱい稼いだんでしょ? 町に戻ったら私達にご飯おごって、あと装備も買って下さい! それで許してあげます!」

「そ、そんなに稼いでないよ!? だって僕借金あったし……」

「今の所持金は?」

「に、虹金貨十枚……」

「死ぬほど金持ちじゃないですか! もうっ!」

「わ、わかったよぉ……ごめん二人とも。僕が悪かった!」


 そう土下座をするロランを見た二人はようやく安心するのだった。


 そして同日正午。帝国軍本陣から出撃を報せる伝令兵が前線基地に着き、腰を抜かした。


「な──なななな、なんだこれはっ!? ぜ、全……滅? 何があったんだ!?」


 伝令兵は慌てて本陣へと引き返し、皇帝に前線基地の惨状を報告した。


「なんだとっ!? 前線が崩壊していただとっ!?」

「はっ! 生き残りは一人もなく! 物資も全て焼き払われておりました!」

「なっ!? 十万だぞ!? それがたった一晩で失われたと言うのかっ!!」

「は、はい。ご覧いただければわかります」

「くっ、馬を出せっ! 急ぎ前線基地に向かうっ!」

「はっ!」


 皇帝は親衛隊を引き連れ前線基地に向かった。


「ば、ばかなっ!! わ、我が帝国兵十万が……ぜ、全滅しておるっ! な、なんだこれは……、なんだこれはぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「奇襲……でしょうか。しかし変ですね」

「なにがだ!」

「どの足跡も一ヶ所に向かって行ってます」

「なに?」


 そう親衛隊長に言われ、皇帝は足下を見る。


「この中心部にある足跡は我が兵の靴ではないな。しかし……一つだけ? まさかこの惨状を生み出したのはたった一人だと?」

「恐らく。死体を見るに……敵は剣士でしょうか。しかし……基地の至る所に爆発の跡も見られますし……魔法を使う剣士……いや、何らかの強力なギフトを持つ者かもしれません」

「……お前は一晩で十万もの兵を殺れるか?」

「不可能ですよ。我が帝国にそんな人物はおりません。殺れて二万か三万くらいでしょう」

「ぐぬぬ……、くそぉぉぉぉぉっ! 撤退だっ!! 兵糧がなければ戦はできぬっ!」

「……はっ」


 前線にいた十万もの大軍が一夜にして壊滅した事を受け、帝国軍は侵略を諦めた。そして帝都へと引き返して行く。


 そんな光景を近くにある森の中から一人の人物が視ていた。


「ぷはぁ~……、マジっすか! あの子一人で戦を終わらせてしまったみたいっスね。こんな話信じてもらえるんスかねぇ~……。とりあえず頭に報告しに行くっス!」


 その人物は煙と共に姿を消し、王都へと姿を見せた。そしてその足で作戦会議室にいたマライアに報告する。


「な、なんですって!? 本当なのっ!?」

「む? どうしたマライア」

「は、はい。それがたった今報告がありまして……」


 マライアは受けた報告をそのまま国王へと伝えた。


「黒い執事服を着て黒い剣を持った若者がたった一人で前線基地にいた帝国兵十万を殲滅したようです」

「な、なにっ!?」

「そしてその惨状を目の当たりにした帝国は侵略を諦め撤退したようです」

「そ、それは誠かっ!? そ、その黒い執事服を着た若者とはいったい……」


 そこでダニエルの目が光った。


「もしや……ロラン君では?」

「……え?」


 そのダニエルの言葉にアリエル学長もなるほどと頷いた。


「彼ならやりかねないわね」

「え? え? ま、待って! なぜそこでロランの名が……!」


 マライアは珍しく取り乱していた。


「おや、知らないのですか? 彼はこの二年で以前とは比べ物にならないくらい強くなっているのですよ?」

「そうね。町の素材買取り屋からもダンジョンの最深部にいると思われる魔物の素材がいくつも持ち込まれていたようだし。あ、もちろん持ち込んだのはロランね」

「う、嘘でしょ!? 確かにロランはありえない数のギフトを授かったけど……。借金は精算しているから弱くなっているはず!」


 ダニエルはこう考えた。


「ギフト借金王。借金の額で基礎能力値が上がる……でしたか。おそらくダンジョンで鍛練を積む内にその能力値を越えてしまったのでは?」

「ありえないわ。だって借金の額は虹金貨四枚と黒金貨四枚もあったのよ?」

「ありえますよ。ダンジョン最深部には私でもソロでは到達できません。階層ワープがあるとしても、毎日最深部で鍛練していたならば……この二年間で私を越えた理由にも納得がいきます」

「そ、そんな……。ロランが……。はっ! ロランは無事なのっ!?」


 その問い掛けにマライアの部下は見たままを答えた。


「はい。疲れて動けなくなっていたようでしたが、ジャスパー家の八男と女性が一人現れ、彼を回収していきました。【遠視】で口唇を読んだところでは、彼は傷一つ負ってないそうです」

「そ、そう……」


 マライアは緊張の糸が切れたかのように椅子に座り込んだ。


 それに続き国王が口を開く。


「つまり、我が国はそのロランという若者に救われたということか。一人で十万もの帝国兵を屠るとは……どうしたものか」

「陛下、ロラン君は真っ直ぐで清く正しい人物ですぞ。変な気は起こさないようにした方がよらしいかと」

「そうね。彼は優しい子よ。ただし……仲間限定でね。マライアの事を慕っていたようだし、手綱はマライアが握ってれば良いんじゃないかしら?」


 しかしマライアの表情は暗いままだった。


「どうしたのマライア?」

「……その……私……。ロランを巻き込みたくなかったから……く、クビにしちゃったの」

「は、はぁぁぁぁっ!?」

「これはまた……困りましたね」

「ど、どうしよう!? も、戻ってきてくれるかな!?」


 マライアは泣きそうになりながら二人にすがるのだった。

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