第13話 ロラン、クビになる

 後日、オズワルド伯爵の一件はオズワルド事件として国中を騒がせた。だが人とはかくも現金なもので、二年もすれば事件も風化してしまった。


 そしてロラン、アレン、セレナはというと。


「マライアさん! 卒業できまさした!」

「ふふっ、嬉しそうねロラン」

「それはもう! これからはここで執事として働いて──」

「ロラン」

「はい?」


 マライアは真剣な表情でロランに言った。


「とても残念な報せがあるわ」

「ざ、残念?」

「ええ。戦よ」

「……え?」


 ロランは我が耳を疑った。


「戦って……。ど、どことですか?」

「バイアラン帝国よ」

「そんなっ! その件は二年前に片付いたはずじゃ……」

「ええ。でも帝国は諦めてなかったのよ。帝国は戻ったハラルド・リンカーの話も聞かずに処刑し、裁判はなかった事にしたのよ」

「そ、そんな……」


 そしてマライアは席から立ち上がりロランにこう言い放った。


「ロラン、あなたを今日で解放します。セレナと共にここを離れなさい」

「な、なぜですか!? やっと執事になれたのに!」

「私も戦場に立つからよ。ダニエルやアリエルも向かうわ。そして……アレンもね」

「ア、アレンも!? なんで!」

「それが貴族に生まれた者の務めだからよ。あなたとセレナは平民だから無理に戦に参加しなくても良いの。そうね……もし国が戦に勝って私が生きていたらまた雇ってあげるわ。さ、早く屋敷を離れなさい。これは主として最後の命令よ」

「……わかり……ました」


 ロランはフラフラと自室に戻り僅かな荷物をまとめた。


「はは……、僕の荷物なんてマジックバッグ一つもないや……」


 ロランはマライアとの思い出が詰まった鞄を抱え涙を溢した。


「二年……、たった二年だけど幸せだった……。ずっとこの幸せが続くと思っていたのに!」


 そう叫んだ時、部屋の扉が開きセレナが入ってきた。


「ロランさん……。聞きました。戦になるって……。アレンも戦に参加するんだって……」

「ああ、僕も聞いたよ。マライアさんは僕にセレナとここを離れろって……」

「……逃げるんですか?」

「主の命令なんだ。従うしか……」


 するとセレナはこう言った。


「でも……どこに行けとは言われてませんよね?」

「え?」

「私、知ってるんですよ? ロランさんは人智を越えた力を持ってるって。その力、今こそ使う時ではありませんか?」

「し、知ってたのか……」


 セレナはこの二年でずいぶん大人びた。性格も落ち着き、以前のように取り乱すこともない。


「ロランさん、アレンさんを助けに行きましょう! 私達三人で帝国兵を追い払うんです!」

「む、無茶だ!」

「無茶じゃありませんっ! 私のギフト【回復師】と【死者蘇生】があれば例え死んでもすぐに生き返らせてあげます!」

「勝手に殺さないでくれるかな!? 僕そんな簡単に死なないし!」

「だから知ってますよ? ほら、アレンの所に急ぎましょっ!」

「あ、ちょっ! 待ってって!」


 ロランはセレナに引きずられるようにアレンの屋敷へと連行された。


「ロラン! セレナ!」

「あ……アレン!」

「アレンさんっ!」


 屋敷の門に着くとアレンは馬に跨がり出陣する直前だった。


「アレンさんっ、私達も戦に参加しますっ!」

「な、何を言ってるんだ! これは遊びじゃないんだ! 相手は帝国だぞ!」

「別に正面から戦う気はありませんよ?」

「なに?」


 セレナは馬から降りたアレンと隣にいたロランに囁いた。


「私達三人で奇襲をかけましょう」

「はぁ?」

「奇襲……なるほど!」

「アレンさんは気付いたようですね」

「何を言ってるんだ?」


 ロランだけが置いてきぼりだった。


「ロラン、俺のギフト【掃除屋】は暗殺系ギフトも使える。つまりだ、掃除屋から派生したスキル【気配遮断】で敵の前線に近付き、お前が壊滅させるんだよ」

「私はもしもの時に備えて障壁の準備をするわ」

「僕がって……。もしかしてアレンも僕の力を知ってる?」

「当たり前だ。夜な夜な魔物を狩りに行ってただろお前」

「は、ははは。バレてたのね」


 ロランはダニエルの強さに追い付くため、夜な夜な魔物を狩りに出掛けていた。その期間およそ一年。町に買い物へと出た際、鍛冶師の男から礼だと言われ、上等な剣を一振もらった。その時、町の近くにダンジョンがあると知り、一年の大半ダンジョンで己を鍛え続けた。そのためか、借金を全て返済しても基礎能力値は下がらず、同時に得たギフトのほぼ全てを使いこなせるようになっていた。アレンが目撃したのはダンジョンに向かう姿で、セレナが目撃したのは平原で大規模魔法の練習をしていた所だろう。


「前線さえ崩してしまえば勝ったも同然だ。向こうは国境越えるために多くの兵を前線に投入しているはず。ロラン、俺達ならやれる! 本当なら俺一人でやろうと思っていたが……お前が隣にいてくれるなら心強い。この平和な暮らしを続けていくためにもお前の力を貸してくれっ!」


 そう言い、アレンは頭を下げた。


「わ、わかったから頭を上げてよアレン!」

「ロラン……」


 ロランは決意を胸に闘志で瞳を燃やす。


「僕だって今の生活を失うなんてゴメンだ。マライアさんからはクビにされちゃったけど……、戦さえ終われば元の生活に戻れる。やろう、アレン、セレナ。僕達で戦を止めさせるんだ!」

「ああっ、やろうっ!」

「はいっ、やりましょう!」


 三人は拳を重ねた。そしてその日の内に国境の町へと入った。


「う……うろろろろろ……」

「ぎゃあっ!? アレン汚いっ!」

「し、仕方ないだろっ!? まさか空を飛んでくるなんて──うろろろろ……」

「きゃあぁぁぁぁっ! もぉぉぉぉっ!」


 ロランはギフト【重力操作】で二人を抱え空を飛んできた。途中鳥を躱わすために旋回してからアレンは真っ青になり、今大変な状態になっている。


「ま、まさかアレンがこんなに格好悪い姿を見せるなんて……」

「ぐっ……な、情けないっ! これからは三半規管も鍛えなけ──うろろろろ……」

「……アレンはここに置いて宿に行こっかロラン」

「いやいや、こういう時こそ状態回復魔法でしょ!?」


 その後、セレナの魔法でなんとか回復したアレンを連れ、三人は町の宿へと入るのだった。

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