第5話 入学
「以上をもって私からの挨拶とする。皆、立派な執事、メイドを目指し共に研鑽を積むように。アリエル・サーチェス」
入学式が終わり生徒達は各教室へと向かった。今年度の生徒数は執事コース三十名、メイドコースが七十名だ。執事とメイドはカリキュラムが違うため、それぞれ教室がわかれる。朝助けた女の子はメイドコースなので教室は別だ。
「皆さん、まずは入学おめでとうございます。私は君たちを担当する【ダニエル・クライン】です」
「「「「ダニエル・クライン様!? マジで!?」」」」
教室の皆が驚きざわつき始めた。
「ダニエル・クライン様といったら王城の執事長様じゃないか!?」
「そんな御方がなぜここに!?」
「こほん。私も老いましたからね。執事長の座は降りました。残りの人生はここで後進の育成に努めようかと」
「ダニエル様に師事できるなんて……! 今年入学できた俺たちは最高にツイてる!」
「ふふっ、ではまず順番に自己紹介から始めましょうか」
「「「はいっ!」」」
生徒たちが順番に自分の名前と執事を目指す理由を話していく。そしてロランの番になった。
「僕の名前はロランです。執事を目指す理由は、少しでも世話になっている方の助けになれたらと思ったからです。これから二年間しっかり学ばさせていただきます!」
「なるほど。恩返しですか。しかし……二年ですか。確かに最短記録は二年です。どんなに才能ある者でも最近の生徒さんは三年かかっていますが」
「頑張ります! その……授業料も厳しいので」
「そうですか。では一生懸命頑張るのですよ、ロラン君」
「はいっ!」
そうして生徒達の自己紹介も終わり、続けて最初の授業が始まった。
「では授業を始める前に、皆さんには執事とは何かをきちんと理解していただきましょう」
ダニエルは自分の執事道を語り始めた。
「執事とは、表で目立つ存在であってはなりません。仕える主人を陰で支え、主人の意を汲み、命じられる前に仕事を終わらせる。それが優秀な執事です。皆さんもいずれ主人を見つけ働くでしょう。これからの授業では私の経験を全て教えていきます。皆さんは少しでも多くの事を吸収し、将来に役立ててください」
「「「「はいっ!」」」」
「ではまず紅茶の煎れ方から……」
それから基本的な業務についての指導が始まった。
「あ、零れた! む、難しい……」
「初めは誰でもそうなります。今は練習ですからいくらでも……おや?」
ダニエルの視線がロランを捉える。
「お、お前凄いな? 一滴もこぼしてないじゃないか」
「僕は今住んでいる所で毎日やってますから」
「ロラン君」
「はい?」
「今度は茶葉を使って煎れてみてください」
「あ、はい!」
ロランはダニエルから茶葉を受け取り蓋を開ける。茶葉により蒸らす時間などが異なるが、ロランの持つギフトが茶葉の発する声を聞き取り最適な状態でカップに注がれていった。
「素晴らしい。まさにお手本通りの煎れ方です。ロラン君、君はどれくらいこの仕事を?」
「えっと……まだ一ヶ月程度です」
「……一ヶ月でこの技術ですか。もしやギフトですか?」
「あ、はい! 僕のギフトに【一流料理人】があります」
「なるほど。では調理系の授業はもう受けずとも良いでしょう。ギフトにはそれだけのアドバンテージがありますからね。もしよろしければ皆さんにコツを教えてあげてください」
「わかりました!」
ロランは隣にいた生徒を見る。
「ま、またこぼれた。難し過ぎる~!」
「それはカップを動かしてるからだよ」
「え?」
「カップを動かさないでポットは下から真っ直ぐ上に動かしてみて」
「お、おう」
それから何度か繰り返し、ようやくコツを掴んだようだ。
「全然こぼれなくなった! ありがとなっ」
「いえいえ。あ、でも茶葉を使うようになったら緊張で上手くいかなくなるかもしれないからさ、安い茶葉でも良いから家で練習すると良いよ」
「そうするよ。ありがとなロラン」
するとそれを見ていた生徒達がロランにコツを教えてもらおうと、次々に声を掛けてきた。
「ロラン、俺にも教えてくれよ!」
「俺も俺も!」
「いやいや、俺が先だ!」
「み、皆順番に見るから待って!?」
「ほっほっほ」
そうして午前の授業が終わり昼食になる。だがここでも授業が行われる。
「皆さん、これから毎日皆さんの昼食は自分で作ってもらいます」
「「「じ、自分でですか!?」」」
「はい。そして何を作るかは私が決めます。つまり、上手く作れなければ昼食は抜きになるか、悲惨なものになってしまいます」
「「「そんなぁ~……」」」
「水ならば飲んでも構いません。では今日のメニューは……」
ダニエルは空間から食材を取り出し調理台に置いた。
「今日は初日ですから簡単な料理にしましょうか。今日はファングボアの香草包み焼きを作ってもらいます。今から私が作りますのでよく見ていてください」
いきなり作れと言われても料理が何か知らなければ作る事すらできない。ダニエルはまず見本となる料理を作ったのだが、生徒達にはまったく作業工程が見えなかった。
「は、早すぎて何をしているのかわからない!?」
「い、今どうやって包んだ!?」
「今肉の中に何か入れた?」
「見えねぇぇぇ……」
どうやらダニエルは完成した料理しか見せる気がないようだ。そして瞬く間にファングボアの香草包み焼きを完成させテーブルに置いた。
「皆さんが作る料理はこれです。では調理を開始してください」
「「「「わわっ」」」」
ダニエルが全員分の食材をテーブルに置いた。他の生徒達は完成した料理を元に食材を選び調理に入る。だがロランだけは違った。
「ダニエル先生」
「はい、なんですかロラン君?」
「これ……食材足りないですよね?」
「ほう? では何が足りないかわかりますか?」
「えっと……チーズです。ボアの肉で包んでましたよね?」
「……正解です。見えたのですか?」
「いえ、チーズの香りがしたので」
「なるほど。ではこちらをどうぞ」
そう言い、ダニエルは追加でチーズを取り出しロランに渡した。
「ありがとうございます」
「いえいえ。どうやら気付いたのは君だけのようですね。君は……これから毎日食いっぱぐれる事はなさそうです」
「ギフトの力なんですけどね」
「ギフトもちゃんと君の力の一つですよ。生かすも殺すも君次第です。研鑽を怠らないように」
「は、はいっ!」
他の生徒達も執事を目指しているので料理はそこそこできていた。だが完成形とは違いが多く、満足できる料理を完成させた生徒は少ない。
「食べられない事はないけど……あまり美味しくないなぁ……しくしく」
「何か足りない気がするけど何が足りないかわからねぇぇぇ……」
「うぅぅ、ボア肉の臭みが残ってる……」
「帰ったら料理の練習しなきゃ明日から昼飯が悲惨な事になりかねねぇなぁ……」
そんな中、一人ロランはダニエルと並ぶほどの料理を完成させ、美味い昼食にありついていた。
「はぐはぐ……。うん、美味い。ハーブが良い仕事してるなぁ~」
「「「美味そうだなぁ……しくしく」」」
こうして初日の午前が終わり、少しの休息を挟み、午後の授業へと突入していくのだった。
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