第6話 実戦

 小休息を挟み午後の授業が始まった。


「午後は私との戦闘訓練です。使う武器は自由に選んでいただいて構いません」


 すると一人の生徒が手を挙げダニエルに尋ねた。


「あの……なぜ執事が戦闘訓練を? 戦闘なら騎士や兵士が……」

「ふむ。なら君は突然悪漢に主人が襲われたとしたらどうしますか?」

「戦える者を呼びます!」

「ふむ。では君の主人は間違いなく死にますね」

「え?」


 ダニエルは諭すように語る。


「良いですか? 執事たるものは主人を守る盾であり、剣でなければなりません。貴族、王族は常に危険と隣り合わせです。移動中に賊に襲われること数多、食事に毒を盛られる事すら日常です。そんな時間近で頼れるのは知識があり、戦闘をこなせる執事のみです。それが王城で執事長まで上り詰めた私の経験です。執事よ強くあれ。王城で働く執事は全員戦えますし、毒物鑑定と毒耐性を持っていますよ。もし皆さんの中で王城の執事になりたい者がいるなら……戦闘は必須条件です」


 それを聞いた生徒達は次々に武器を手にダニエルに挑んでいく。


「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「脇を開きすぎです」

「いってぇぇぇっ!」

「次は俺だぁぁっ!」

「おっと、足下がお留守ですよ?」

「んぎゃっ!?」


 ダニエルは騎士顔負けの戦闘力を誇り、次々に襲い掛かる生徒達を一蹴していった。


「さてロラン君。君で最後です。私に君の力を見せてください」

「は、はいっ!」


 ロランは刃を潰した剣を構えダニエルの前に立つ。ダニエルはそんなロランを真剣に分析した。


(戦闘は素人のようですね。調理は完璧でしたが……まぁ今後に期待といった所でしょうか)

「いきますっ!」

「どうぞ」

「はっ!」

「なっ!? くぅっ!」


 ロランの姿が一瞬消え、次の瞬間にはダニエルの間近にあり、上段から斬りかかっていた。


(見誤りましたかっ! この者……なかなかっ!)

「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「なんのっ!」

「「「「す、すげぇ……」」」」


 二人の間で激しく火花が散る。ダニエルは細剣でロランの攻撃を全て捌ききっていた。


「滅茶苦茶な剣筋ですが……身体能力の化け物ですねっ!」

「我流ですからっ! せいっ!」

「ふっ!」

「え?」


 今度はダニエルの姿が消えた。


「んぎっ!?」

「おっと」


 ダニエルの手刀がロランの頸椎に落ちる。その攻撃を受けたロランは力なく崩れ落ちるが、寸前でダニエルが受け止めた。


「年甲斐もなく八割も力を引き出されてしまいました。ロラン君、あなたは強いですが戦い方を知らないようですね。ここで二年間鍛えれば王城で働けますよ」

「いっててて。先生、僕は王城では働きませんよ」

「なぜですか?」

「僕にはすでに仕えるべき主がいますので」

「なるほど」


 ロランは首を押さえながら真っ直ぐ立ち上がった。


「もったいないですねぇ。君なら私の後継者にでもなれそうなのですが」

「ありがたいですけど、僕にとっての王はマライアさんなので」

「マライア……ああ、君の主はマライア氏でしたか」

「はい。僕の全てをかけてでも守らなければならない方です」

「……そうですか。マライア氏は味方も多いですが敵も多いですからね。頑張りなさい」

「はいっ!」


 そうして全員の力量を把握したダニエルは個々に合った訓練を課し、なぜかロランにだけ剣の指導を始めた。


「まずは正しい握り方から」

「はいっ!」

「その状態から素振り千回始めっ!」

「1、2、3──」


 これに対し他の生徒達はあまり良くは思っていなかった。


「なんでロランの奴だけ……」

「俺達の力が足りないからだろ。お前、先生とロランみたいなバトルできるか?」

「お、俺だって鍛えたらあのくらい!」

「その鍛える時間が今なんだよ。悔しいけど俺達はまだロランみたいに直接指導してもらえる段階にないんだ。やっかむ暇があったら体力トレーニングしっかりやろうぜ」

「やってやるよっ!」


 普通ならこれだけ一人が贔屓されていたら嫌がらせや授業放棄が起きるものだが、そこは皆執事を目指すだけあり、面白いとは思わないが、嫌がらせなどという暴挙に出る者はいなかった。


(ふむ、持ちこたえましたか。なかなか良い雰囲気ですね。このクラス……上手く育ってくれたら城も安泰ですねぇ)


 こうして初日の授業が終わった。


「では今日はこれまで。次は明後日ですから忘れずに」

「「「「ありがとうございました!」」」」


 ここは毎日授業があるわけではない。授業は講師の都合にあわせて開かれる。どうやら明日は用事があるようだ。


「ロラン、ちょっと良いか?」

「ん? どうしました?」


 ダニエルが帰ると授業中にロランを庇った生徒がロランに話し掛けてきた。


「ちょっとだけ手合わせを頼めないか?」

「手合わせ……ですか?」

「ああ。今のロランとどれだけ力の差があるか知りたいんだ。武器は危ないから無手で良いか?」

「良いですよ。本気が良いですか?」

「ああ、本気で頼む」

「わかりました」


 ロランと生徒が拳を構え向かい合う。


「俺は男爵家の八男だから家は継げないし、その内自立しなければならない。そんな俺が選んだ職が執事なんだ。胸を借りるぞ、ロラン」

「良いよ、えっと……」

「【アレン・ジャスパー】だ。いざ参るっ!」

「おっと」


 ロランは真っ直ぐ向かってきたアレンの攻撃を足捌きだけで躱わし、ダニエルを真似て首筋に手刀を落としてみた。


「あぐっ──」

「おっと」


 ロランは同じく倒れかけたアレンを抱えた。


「今の……どうやったんだ?」

「真っ直ぐ向かってきたから足運びでね。タイミングを合わせて半身になって、アレンが通り過ぎた時にトンッてね」

「ったく……、強いな君は」

「強くなんてないよ。これもギフトのお陰だし」

「ギフト? 君は……いったいいくつギフトを授かったんだ?」

「いくつかなぁ……。でも、人よりは多いかな」

「羨ましいな。俺など二つしか貰えなかったからな。しかも一つは【掃除屋】だ」

「掃除屋? なんか執事向きじゃない?」


 するとアレンは首を横に振ってからこう言った。


「そっちの掃除じゃなかったんだ。俺のギフトで掃除するのは清掃活動も含まれるが、人にも適用される」

「へ?」

「暗殺者と言ったらわかるかな。あまり大っぴらに言えないギフトなんだ」

「へぇ~……ん?」


 そこでロランはマライアからの言葉を思い出した。そして改めてアレンをじっくりと観察する。


(見た目は中性的、身長も僕とあまり変わらない。金髪碧眼でギフトは暗殺系……。彼ならマライアさんの出した条件に合うんじゃ……)


 そう思いロランはアレンに尋ねた。


「あの……アレン君は卒業したらどこで働きたいとか考えてる?」

「いや、俺はさっきも言ったように男爵家の八男だからさ。成人と共に家を出てるんだよ。だからこの養成校の寮に入ってるし、就職先も見つけなきゃならなくてね。できたらこの学校にいる内に決められたらとは思ってるよ」

「なるほどなるほど……。じゃあさ、一度僕が世話になっている屋敷に来てみないかい?」


 するとアレンが何やら考え始めた。


「マライア・ブレンダー……か。表向きは奴隷商人だが、裏の世界にも顔がきくやり手だな。しかし、マライア氏は人嫌いで有名だ。たまに秘書をつけるがどの秘書も長くて数日で消えている。大丈夫なのか?」

「た、多分大丈夫だよ。マライアさんからも才能がありそうな人を連れてきてって言われてるし」

「才能か。ロランから見て俺に才能はありそうか?」


 ロランは正直に言った。


「磨けば光る原石かな……と。アレンもまだギフトをもらったばかりなんだよね?」

「半年前かな」

「うん、なら全然才能あるよ! もし働きたいなら一度屋敷においでよ。働けるかどうかはマライアさん次第だけど」

「……わかった。もう少し強くなれたら一度顔を出そう」

「あ……ありがとう! 待ってるよアレン君!」


 これが将来ロランを支える最強パーティーの仲間との最初の出会いだった。だが二人はまだ自分が世界を救うなどとは微塵も思ってすらいない。


 なぜ神がロランを選んだのかは謎のままだ。そしてアレンを含むパーティーは後に七英雄と呼ばれる事になるのだが、残りの五人は未だに邂逅すらしていない。


「今日は俺のわがままに付き合ってくれてありがとうな、ロラン」

「大丈夫だよ、訓練ならいつでも付き合うから遠慮なく言ってくれて良いよ」

「ありがたい。なら明日はどうだ? 授業はないがここに来てもらえると助かるのだが」

「うん、良いよ。朝からで良いかな?」

「俺は何時でも構わないが……ロランは仕事があるんじゃないか?」

「朝食を終えたら来る感じにはなるかな」

「わかった。じゃあまた明日な」

「うんっ! また明日!」


 こうしてロランは初日の授業を終えたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る