第4話 執事養成校

 ロランはマライアの薦めで執事養成校へと通う事にした。今日はいよいよ入学式だ。今日マライアはロランの保護者役として随伴していた。


 やがて校門に差し掛かると、そこに一際目立つ青い髪に白いスーツを着た女性が立っているのが見えた。マライアはその女性に歩み寄る。すると向こうもマライアに気づいたのか、姿勢よくこちらに近づいてきた。


「あら、マライア? あなたも来たの?」

「ええ、会うのは久しぶりね【アリエル】」

「そうね、何年ぶり? 全く変わらないわねあなたは」

「アリエルこそ」


 二人は久しぶりの再会を喜んでいるようだ。


「マライアさん、もしかしてその方が……」

「ええ。彼女はアリエル・サーチェス。この養成校の学長よ。アリエル、この子がロランよ」

「へぇ……どれどれ」


 アリエルの眼が赤く光る。


「……なるほど。手紙の内容は事実だったようね」

「え?」

「ロラン、彼女のギフトは【神眼】よ。対象がどんなギフトを持っているか見るだけでわかるの」

「す、凄いですね」


 するとアリエルはロランを見ながらこう言った。


「凄くはないわ。ただ、優秀な執事に育った生徒を各派遣先に自信をもって送り出せるだけよ。……あなたはもう就職先決まってるみたいだけどね」

「は、はい。僕はマライアさんの執事になります!」

「そう。頑張りなさい、マライアの所はあなたが想像しているより大変だからね」

「え?」


 そうアリエルがロランを諭すとマライアがむくれた顔でロランに抱きついた。


「ちょっと、うちのロランに余計な事吹き込まないでもらえる?」

「おっと、失礼。私は式の最終打ち合わせがあるのでまた」

「あ、ちょっと!」


 アリエルは手をひらひらと振り校内に戻っていった。


「あの……マライアさん?」

「大丈夫よ~、やってる事はブラックだけど執事の仕事はホワイトだからね?」

「いや、その……皆見てるので」

「え?」


 道行く生徒達がロラン達をチラチラと見ながらクスクス笑っていた。


「なにあの人~、マザコンかしら?」

「うわ、すっげぇ美人! 羨ましい……っ!」

「ふん、甘ちゃんだな。あんな奴が立派な執事になれるわけがない」


 それでもマライアは構わずロランに抱きつき続けた。


「あんなの気にする事ないわよ。執事の極意①は?」

「あ……」

「この程度も受け流せない程度なら真の執事にはなれないわよ。間違っても今私達を奇異な目で見た人達は連れてこないでね」

「試してたんですか」

「当たり前じゃない。私がここに入れるのは今日だけ──」

「止めてよっ!」

「「ん?」」


 マライアと会話をしていると遠くから女性の叫ぶ声が響いてきた。


「な、なに今の声?」

「あっちからみたいね。行ってみましょ」

「あ、マライアさん!? もうっ!」


 ロランは声が聞こえた方へと向かうマライアを追いかけた。


「離してっ!」

「うるさいっ! 親のいう事がきけんのかっ!」

「あらあら……」


 見ると酒瓶を握り顔を真っ赤にした男が女の子の髪を握り振り回していた。


「メイドは娼婦じゃないのよっ!」

「うるせぇって言ってんだろうが! いいから適当な奴に股開いて金持ってこいや!」

「ふざけるのもいい加減にしてよっ! そんなだからお母さんに捨てられるのよっ!」

「なにぃ~……てめぇ……」


 すると男は酒瓶を地面に叩き付け鋭利な凶器へと変えた。


「ひっ……」

「娘だからって許されると思うなよ……。親に逆らったらどうなるか教えたらぁぁぁっ!」

「や、やだっ──」

「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁっ!」

「なっ!?」


 見かねたロランは女の子を救うため焦ったのか、男が握っていた瓶を手首ごとぶっ飛ばしてしまった。


「ぎぃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? お、おおお俺の手ぇぇぇぇぇぇっ!?」

「あわわわ、ギフト【修復】!」

「……え?」


 ロランは急ぎギフトを使い、男の手首から先を元に戻した。それを見た女の子は目を丸くして驚いていた。


「か、完全回復……魔法?」

「ち、違うよ。これはギフトの力だよ」

「お……おぉぉぉぉぉぉっ!? ば、ばかな……! 潰れてた人差し指が元に戻ってやがるっ!?」

「えぇっ!? ちょ、退いて!」

「わっ!?」


 女の子は手を動かしている男に駆け寄った。


「ぎ、義指じゃない……。本物の指だわ!」

「おうよっ! ちゃんと動くし力も入るっ! く……くぅぅぅっ、こんな……こんな奇跡があって良いのかっ!」

「鎚は? 叩けそうなの?」

「わからねぇ……。だが力は以前と変わらねぇし……多分。おい、俺は工房に戻るぜ! わりぃが入学式は一人でやっとけ!」

「はいはい」


 男は脇目もふらずに校門から出て行った。


「な、なんだったんだ?」

「あなた、ありがとね」

「え?」


 男の姿が見えなくなった所で女の子が話し掛けてきた。


「お父さんは鍛冶師なの。去年指を失うまでは町で一番のね」

「町で一番? ひょっとして……【アグニス工房】の?」

「知ってるんですか!?」


 町で一番の鍛冶師と耳にしたマライアが話に加わってきた。


「知ってるも何も……。指を失うまでは大口の取引先だったもの。私は【ブレンダー商会】のマライアさ」

「ブレンダー──っ、し、失礼しましたっ! マライア様とは知らずに生意気な口をっ!」

「構わないよ。それよりロラン?」

「はい?」

「いくらなんでも手首までぶっ飛ばしたらダメよ? どうするのこれ」

「うわ……」


 マライアは吹き飛んだ男の手を持っていた。


「じ、じゃあ娘さんに」

「い、いらないわよ!? 地面に埋めてくれる!?」

「わ、わかった」


 ロランは地面をギフト掘削で浅く掘り、男の手首を埋めた。


「こ、これで良し」

「そうそう。殺っても良いけど後片付けまでしっかりね、ロラン」

「や、殺ってませんよ!?」


 そこに女の子が話し掛けてくる。


「あ、あの……二人はどんな関係なんですか? マライア様にお子さんはいらっしゃらなかったような……」

「ふふっ、ロランは私の夫なの」

「え? えぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

「違うでしょ!? 執事見習い! それと主!」

「もうっ、ちょっとした冗談くらい良いじゃない。私人嫌いで有名なのよ」


 女の子が珍妙な生き物を見るような目でロランを見る。


「あのマライアさんから冗談を引き出すなんて……。な、何者なんですかあなたは」

「何者でもないよ。僕はロラン。マライアさんの借金奴隷で、その借金を返済するために執事を目指す普通の人」

「借金奴隷!? あんなギフトがあるのに!?」


 するとマライアさんが女の子を見て言った。


「お嬢ちゃん、さっきのは内緒でね。ロランは争い事が嫌いなの。あんなギフトがあるって広まったら無理矢理戦場送りにされかねないから……ね?」

「は、はははははいっ! 私は何も見てません!」

「良い子ね。これも何かの縁だし、あなたのお父さんがまた仕事できるようになったら私の商会との取引を再開してあげる。だから私のロランをよろしくね?」

「は、はいっ! こちらこそよろしくお願いしますっ!」


 こうしてロランは入学式前から騒ぎを起こしてしまったのだった。

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