第3話 目指す先は

 ロランは一人部屋で鏡の前に立ちズラリと並ぶギフトの数々を眺めていた。


「父さんを騙したのは冒険者……か。確かに実入りが良い仕事だ。けど、危険も伴うし、何より将来性がない。他に目指せるものといったら兵士か宮廷魔術師……でも奴隷という身分じゃ受かる事なんてまず無理だよねぇ……。はぁ~……」


 様々なギフトはあるが冒険者をやらないとなると半数以上のギフトが宝の持ち腐れになる。


「マライアさんは冒険者になって欲しくなさそうだったし。じゃあ僕に何ができるんだろ」


 戦闘系のギフトを生かす道は他にもある。その代表的な所は冒険者ギルドからランクは下がるがハンターギルドだ。ハンターギルドは魔物の肉や素材を収集する目的で設立されている。冒険者ギルドは討伐こそすれ、素材はともかく肉は買い取らない。理由は冒険者が正しい解体方法を知らないからだ。魔物の肉は仕留めた瞬間から鮮度が落ちていく。その際血抜きをしておかなければとても臭くて食用にはならないのである。市場に出回っている魔物肉は全てハンターギルドが卸している。


「僕でもやれる仕事はハンターかな。鍛冶や錬金、調薬は設備がないし、料理は初期投資の額が……。後は……騎士養成校とか?」


 騎士養成校は貴族の子息や騎士になりたい平民が共に研鑽を積む場所である。しかし平民から騎士に上がるためには難しい試験を突破しなければならない。そして貴族はこの試験を免除されているため、在学中は平民に対する嫌がらせが多いのだとか。


「田舎の村まで噂が聞こえるくらいだから本当に酷いんだろうな」


 中には平民を守ろうとする貴族もいるが、だいたいの貴族は選民思考であり、貴族が一番偉いのだと勘違いしている。


「平民が税を納めてるから暮らせているのにね。領民がいなくなったら困るのは貴族だろうに」


 事実、昔から土地を持っている民以外はより良い領地に移ったりしている。ロランの暮らす村にも数人他領から移住してきた者もいた。


「養成校はナシだなぁ……。粗相でもしたらさらに借金が膨らみそうだし。あ、待てよ……」


 そこでロランは考えた。


「ギフト【借金王】。借金の額が多ければ多いほど基礎能力値が増すんだっけ。でもなぁ……返すあてのない借金を背負うのは……」


 どれだけ考えても進みたい道が決まらない。得たギフトが優秀過ぎたため、今のロランには無限の選択肢が存在している。その選択肢の多さがロランの頭を悩ませていた。


「だめだ。ぜんっぜん決まらない。そもそも養成校に入ったらマライアさんから離れなきゃならなくなるし。あ~……寝よ」


 翌朝、ロランはマライアに朝食を出しながら進みたい道が決まらなくて困っている事を話した。


「そうねぇ……。一つだけ道を示してあげましょうか?」

「え? 他になにか僕にできる事があるんですか?」


 マライアはクスリと微笑みこう言った。


「養成校は他にもあるじゃない」

「他……あ!」

「そ、執事養成校よ」


 執事養成校。ここでは貴族に仕える執事を育成している。執事とは主の世話、屋敷の管理、外敵からの守護と、仕事内容は多岐に渡る。


「し、執事かぁ~。言われてみれば確かに……」

「今やってる事に知識をプラスしたらもう立派な執事じゃない? 学費は私が出すから通ってみたら?」

「い、いやいや!」


 ロランは慌てて立ち上がった。


「さすがにマライアさんに払わせるわけには!」

「あら、それは違うわよ?」

「え?」


 マライアは頬杖をつきながら指を一本立てニッコリ微笑んだ。


「諸費用コミコミで黒金貨二枚借金に追加しておくわね~」

「そ、そんなぁ~! ま、まだ行くって決めたわけじゃ!」

「ふふっ、もう書類出しちゃった」

「んなっ!? な、何してるんですか!?」


 取り乱すロランを他所に、マライアはロランに道を示した。


「だってねぇ、あれだけのギフトがあるんだもの。ロランはきっと最高の執事になれるわ。卒業したらそのまま私の執事になれば良いし」

「むぅ~……。もしそうなったらちゃんとお給料下さいよ?」

「もちろん。ふふっ、目指す道が決まったわね。受けてくれてありがとう、ロラン」

「もう書類出しちゃってるんじゃ断れないでしょ……」


 マライアは策士だった。執事養成校はこの町にあり、十分徒歩で通える。さらに借金を増やす事でロランの能力を底上げし、未来の戦力まで確保できる。加えてロランには秘密にしているが、執事養成校の学長はマライアの友人だ。すでに今期の募集は締め切られていたが、そこに無理矢理ロランを捩じ込んだ。


 マライアは不安を抱えた様子のロランにこう告げた。


「通うのは四月の頭からよ。それまでに制服とか色々準備しなきゃね」

「四月頭って……来週じゃないですか」

「ふふっ、大忙しね~。さ、買い物に出掛けるわよ」

「はい……」


 支払いはもちろん黒金貨二枚からだ。これでロランの借金は虹金貨四枚に黒金貨二枚になった。


 わかりやすく日本円に例えるならば、現在の借金総額は四億二千万円也。


「あぁぁ……借金が膨らんでいくぅぅぅ……」

「鞄はこれが良いわね。マジックバッグだから小さくても沢山入るし」

「これだけで白金貨五枚!? ムリムリ!」

「仕方ないわねぇ。借金に黒金貨一枚追加ね」

「そんなご無体なっ!?」


 マライアの決定に逆らえるはずもないロランはこの後も言われるがまま全てを受け入れ、結果借金がさらに黒金貨二枚増えた。


 そして全ての買い物を済ませ、屋敷で一息つく。


「ちょうど合う制服があって良かったわね」

「制服って高いんですね……」

「そうね。この制服には自己修復と自動洗浄が付与されてるからね」

「うぅぅ、今日だけで借金が黒金貨四枚も増えてしまった……」

「泣かないの。学費は年白金貨五枚、通うのは最短で二年だから黒金貨一枚ね。買い物で黒金貨二枚、学費で黒金貨一枚、残り黒金貨一枚は遊興費に使って良いわよ。友達とかできたら休みの日とか食事に行きたいでしょ?」

「黒金貨一枚のお小遣いって……。農民なら余裕で数年暮らせますよ」

「農民ならね。できたらロランには私が気に入りそうな部下を探してきて欲しいのよ」

「部下……ですか」

「そ。メイドでも良いわよ?」

「条件とかあります?」

「そうねぇ……」


 マライアはロランに気に入る人物の条件を提示した。


「まず、口が堅い。そして可愛い。後は私を裏切らない。最低限この三つは必須かしら」

「わかりました。良さそうな人物を見つけたら一度連れてきます」

「お願いね。さすがにロラン一人だと色々と手が足りないし」

「これからは勉強にも時間を使いますしね。なるべく急ぎます」

「ええ」


 そして夕食を終え、ロランは部屋に戻り改めて制服に袖を通してみた。


「良い生地使ってるよなぁ。高いだけあってデザインも良いし」


 制服は黒を基調に襟に白いラインが入っている。伸縮性もあり、ガッチリとした見た目に反比例し動きやすくもある。


「……もうやるしかない。黒金貨四枚も借金が増えていまさら断れるわけもないし。よし、やるぞ! 僕は二年で立派な執事になるっ!」


 ロランの借金総額は虹金貨四枚に黒金貨四枚。内黒金貨一枚は財布に入っている。


 そうして入学を決めたロランは入学までの一週間、後任した教科書を全て暗記した。これはギフト【瞬間記憶】によるものである。


「よし、完璧。後は授業次第かな。よ~し、頑張るぞっ!」


 こうしてロランは万全の態勢で入学に臨むのだった。

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