第2話 ギフト

 女商人マライアの屋敷で働く事一ヶ月、今日はいよいよギフトを授かるために儀式を受ける日だ。


「ロラン、どんなギフトでも私はあなたを見放したりしないから気楽に行ってきなさいな」

「は、はい」


 この一ヶ月は奴隷という身分にも関わらず以前より裕福な生活を送る事ができていた。食事自分で作らなければならないが三食きっちり食べられるし、屋敷には風呂もある。労働で得られる賃金は微々たるものだったが、それ以上の恩恵を得られていた。


 そして今日はロラン十五才の誕生日だ。本当の意味でロランは今日大人の仲間入りを果たす。ロランはマライアが用意した貴族顔負けの衣装に身を包み、整えられた黒髪を揺らしながらマライアと共に神殿を訪れた。


「さあ行っておいで。私は外で報告待ってるわね」

「はいっ!」


 そうして儀式を受ける列に並び、同じ年の人達がギフトを授かる場面を観察する。それぞれ司祭から授けられたギフトを告げられ一喜一憂している。そしていよいよロランの番となった。


「では神に祈りを」

「はいっ」


 ロランは他の者たちがそうした様に、司祭の前で片膝をつき手を組み神に祈りを捧げた。その瞬間、ロランの意識は白に包まれた。


《う……あれ……、なに……これ……》

《ロラン──あなたには使命が──授けるギフトは──》


 そこで意識が元の世界に引き戻される。ゆっくり目を開くと司祭は笑っていた。そしてロランに授けられたギフトを口にした。


「ぷっ。あ、あなたに授けられたギフトは【借金王】ですね」

「し、借金王?」

「ぷぷっ、この様なギフトがあったとは……。ふふふふっ、あなたの人生に幸多からん事を」


 目の前が真っ暗になった。このギフトが何かも教えてもらえず、ただ笑われてロランの儀式は終わった。周囲を見れば他の者もロランを見て笑っている。


「借金王ですって。顔は良いけどあのギフトじゃねぇ」

「人生詰んでんな。あんな奴とは関わらない方が良いぜ」

「残念なイケメンねぇ~」


 ロランは意気消沈しながら神殿を出た。


「ロラン!」

「マライア……さん」

「……その顔、あまり良いギフトはもらえなかったみたいね」

「……はい。僕のギフトは……【借金王】でした」

「借金王? なにそのギフト? 今まで聞いた事も……」


 ロランの瞳から雫が溢れた。


「絶対ロクなギフトじゃないっ! マライアさんっ、もしかしたらマライアさんに不幸をもたらすかもっ!」

「大丈夫、大丈夫よロラン」

「あ……」


 そう言い、マライアはロランを抱きしめた。


「気にしなくても良いわ。私のギフトには【豪運】もあるのよ。ロランのギフトからくる不幸なんてはね飛ばしてあげるからね?」

「マライア……さんっ! あ──あぁぁぁぁぁぁっ!」

「大丈夫、大丈夫だから。さあ、帰りましょう」

「……はい」


 そして屋敷に戻りロランは部屋に閉じ籠った。


「……僕の人生ってなんなんだろう。家族に捨てられて……奴隷にされて……。そしてギフトは借金王……。救いはマライアさんだけ……。そもそもこのギフトはなんなんだよ」


 ギフトは鏡に自身を映し【オープン】と唱える事でその効果を確認する事ができるとマライアから聞いたていた。本来ならば未確認のギフトは神殿でこの工程を行うのだが、司祭は借金王をクズギフトだと思い、この工程を省いたのである。


 ロランはギフトの効果を確認するため、部屋にあった全身鏡の前に立つ。そしてオープンと口にした。


「……え? な、なんだ……これ。何だこれぇぇぇぇっ!?」


 鏡にギフトがズラリと並んでいる。一つ二つではない。数えきれないほどのギフトが鏡に浮かんだ。


「なんでこれが……あ、もしかして!」


 ギフトの二番目に【隠蔽】というギフトがあった。ロランは隠蔽に意識を向ける。


「ギフト【隠蔽】──このギフトは以降の所有ギフトが他者から認識されなくなる──か。だから司祭様にも借金王しか見えていなかったのか」


 この隠蔽のギフトで司祭には借金王しか見えていなかった。そしてこの隠蔽で隠されたギフトの中にはありとあらゆるギフトが詰まっていた。


「そ、そうだ。借金王の効果を調べないと……」


 ロランは借金王のギフトを確認した。


 ──【借金王】──

・このギフトは借金の額で得られる能力が変わる。借金の額が多ければ多いほど所有者の基礎能力値が増す。


「し、借金の額で力が増す? じ、じゃあ借金すればするほど強くなるの? な、なんなんだこのギフト!?」


 ロランはひとまずこのギフトが危ないものではないと知り安堵した。そしてこのギフトの効果を告げるためにマライアの部屋に向かった。


「借金の額が多ければ力が増す?」

「は、はい。とりあえずマライアさんに悪い影響が出ないギフトでした」

「そう、良かったわ。少し元気になったみたいね」

「それと……」


 ロランはギフト【隠蔽】の事も正直に話した。そしてマライアの部屋にあった鏡にギフトを映す。


「……な、なにこのギフトの量は!?」

「僕も驚きました。おかしいですよね」

「おかしいなんてレベルじゃないわよ……。これは国に報告しなきゃいけないレベル──」

「待って下さい!」


 ロランはマライアを止めた。


「僕の主はマライアさんです。国に報告なんてしたらここにいられなくなってしまいます!」

「ロラン……」

「神様が何を思って僕にこんな沢山ギフトを与えたのかはわかりませんが、僕はこれからもここで暮らしたいんです。マライアさんだけは僕を見捨てなかったから……」

「……そう。それがロランの選んだ道なら私からは何も言うことはないわ。それより……お腹空かない? 本当ならお祝いで今日は外で食べようと思ってたんだけど、ロランったら落ち込んでたし」

「大丈夫です。外で食べるより美味しい食事を用意しますよ。僕にはギフト【一流料理人】もありますから」

「ふふっ、楽しみだわ」


 ロランはいつも通り厨房に行き、ギフトの効果を確かめるように調理に集中した。


「す、凄い……。何をどうすれば料理が美味しくなるかわかる! 包丁さばきも身体が自然と熟練の調理人みたいに動いてくれる……。これがギフトの力なのか……」


 身体が自然とこうすれば料理が美味く仕上がると最善の動きを示す。加えて食材もどこをどう切れば美味くなり、見映えもよくなるか向こうから意思を感じる。


「こ、これが僕の……。これに比べたら今までの料理なんて残飯だ……。早くマライアさんに食べてもらおう!」


 ロランは出来上がった料理をマライアの所へと運んだ。


「これ本当に全部ロランが作ったの!?」

「はいっ! ささ、冷めないうちに食べて下さい!」

「ふふっ、わかったからそう急かさないで。それと……ロランも一緒に食べましょ?」

「はいっ!」


 そして二人でロランの作った料理を食べた。ロランの作った料理はまさに絶品で、これまでに様々な逸品料理を食べてきたマライアでさえ舌鼓を打つものだった。


「凄いわねぇ……、これまでの料理とは全く別物じゃない。ロラン、あなた料理人になれるんじゃない?」

「そんな……。いえ、仮になれたとしても僕はなりませんよ」

「なぜだい?」


 ロランはマライアに向けこう言った。


「僕は……僕はずっと冒険者になりたかったんです」

「へぇ、冒険者ね。なぜ?」

「だって格好いいじゃないですか。困っている人を助けたり魔物を倒したり。それに、迷宮に行けば普通に働くより何倍も稼げるらしいじゃないですか」

「確かに儲かりはするわね。けど、甘いわ」

「え?」


 マライアは夢を語るロランに現実を突きつけた。


「確かに迷宮は儲かるわ。けどね、迷宮は一歩間違えば簡単に命を落としてしまう危険な場所なのよ」

「そ、そんなに?」

「ええ。腕に自信がある冒険者だろうと迷宮内に点在する罠や地上より強力な魔物、それに食糧やら迷宮に潜り続ける事でかかるストレス、危険は挙げたらキリがないわ。迷宮に挑みたいならまず信頼できる仲間を見つけなきゃね。ロラン、あんたは私の奴隷よ。ここで何不自由なく暮らす、それだけじゃダメなのかい?」


 そう真剣な表情で語るマライアにロランはこう言った。


「確かに今の生活に不満はないです。屋敷からは自由に出られないけれど屋敷の中では自由ですし。でも、このままここにいたんじゃ一生借金は返せないし、マライアさんに迷惑をかける事になってしまいます」

「私の事なんて気にしなくて良いのよ?」

「ダメです。借りを返さなきゃ僕は一生マライアさんに負い目を感じるから……。まずはスッキリしてからこの生活を続けるかどうか考えたいんです」

「そう……。ならこれも教えておくわ。ロラン、あなたの父親を騙した奴はね、あんたが憧れてる冒険者って奴なのよ」

「……え?」


 マライアは席から立ち上がり、椅子に座るロランの背中から抱きついた。


「その冒険者は迷宮から得た宝を貴族の娘に売りつけたんだよ。けど、その宝ってのが実は呪われた品でね。見た目に騙された貴族の娘はその宝を身に付けちまったんだよ」

「そ、それで?」

「貴族の娘は一生眠ったままになったのよ。それで怒り狂った貴族はその男に賠償金として虹金貨三枚の支払いを命じたの。男は駆け出しに毛が生えた程度でね、当然虹金貨三枚なんて払えるはずもないわ。そしてあなたを連れてきた連中と契約を結ぶ時に自分の名前とあんたの父親の名を記したのさ」

「その男は……?」


 マライアはロランを諭すように告げた。


「この国を出た所までは探れたけれど、その先は私にもわからないわ。ロラン、あんたの目指している冒険者はこんな奴らばかりなの。ほとんどは金に目が眩むと何でもするゴミクズさ。根が優しいあなたには冒険者なんて向かないわ。金を稼ぎたいだけなら私がいくらでも金の稼ぎ方を教える。だから冒険者なんて危険なものだけにはならないでちょうだい」

「マライア……さん。わかりました。少し考えてみます」


 マライアは優しく微笑みロランの頭を撫でた。


「ふふっ、良い子ね。さ、そろそろ休みましょ。明日からお金の稼ぎ方を仕込んであげるわ」

「ありがとうございますっ!」


 そうして様々なギフトを得たロランだったが、マライアの口から冒険者の実態を聞き、本当に目指したい先は何なのかと真剣に考え始めるのだった。

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