○Epilogue(エピローグ)1

 浩輔と瑠奈の二人を載せた扇家所有のヘリコプターが関東のとある空港に降り立ったのは、その日の昼頃だった。

 昨日までの嵐が嘘のように晴れ渡った青空が、瑠奈の目に染みる。


「いやあ、長い一週間だったね……。とりあえず帰ってこれてよかったよ」

「そうですか? 私は、一日単位で日々過ごしているので、残念ながらその気持ちはわからないのです」


 扇家により派遣されたリムジンに乗り込んだ瑠奈が、シートに深々と身を沈めながら感慨深げに言った言葉に、隣に座る浩輔がやや硬質な言葉で返す。

 しかし、瑠奈がそんな風にほっとした様子を見せるのも無理はなかった。

 この日は朝から、二人とも非常に多忙であったからだ。


 まずは、夜明けとともに警察のヘリコプターが別荘の付属ヘリポートに降り立ち、事件の一部始終を警察が事情聴取した。

 その聴取に主に受け答えしたのは、もちろん、高校生探偵の七曜浩輔だった。

 聴取を終え、大人しく警察に連行される執事の佐藤。

 彼を見送った後に、扇家の所有ヘリコプターが瞬く間に同じヘリポートにやって来て、浩輔と瑠奈の二人を自宅に返すべく、今度は扇富貴に見送られる形で別荘の付属ヘリポートから飛び立ったのである。


 そんなせわしなさから解放され、まるで安住の地を得たかのようにリムジンでくつろぐ瑠奈が、何かを思い出したかのように呟いた。


「そういえば……最初に行方不明になった運転手さん、どうなったのかな」


 その言葉を待ってましたとばかりに二人の会話に割り込んだのは、このリムジンの運転手、館見やかたみだった。通常時は、富貴の送り迎えの車を運転している扇家のお抱え運転手である。


「私も、扇家に仕える同僚として、ぜひそのことはお訊きしたいです!」


 ハンドルを握る手が震えている、運転手。

 彼に一瞥を与えた浩輔が、顔をしかめつつ、残念そうに言う。


「私の推理によれば――恐らくですが、執事の佐藤が爆発物で吊り橋を破壊した時に、リムジン諸共、谷底に落とされてしまったんだと思います」

「なんてこと……」

「そうなんですか……。それは残念です」


 運転手の肩が、わなわなと震えた。

 しかし、気丈に運転するその後ろ姿を見つつ、浩輔は前言に補足する。


「ただ、それを行うことは単独では難しいでしょうから、その時点ではまだ料理長の太田さんは生きていて、執事の佐藤と一緒に犯行に及んだのだと思います。その後、太田さんも『これ以上、人は殺したくない』とか言って日和ったために、執事に殺され、庭に埋められてしまったんですね、きっと……。

 別曜日の私の誰かのメモに、『執事の佐藤さんの服の汚れが目立っていた』とあったのですが、多分それは、太田さんを埋めたときに付いた土なのではないかと思われます」

「なるほど……ね」


 肩を落としてがっくりと項垂うなだれた瑠奈だったが、すぐに自分自身と浩輔を励ますかのような微笑みたっぷりの表情となり、それを彼の眼前に近づけた。

 が、瑠奈の顔が浩輔の視野のほとんどを占めた、その瞬間――。

 なぜか恐怖の表情を浮かべて、浩輔が体を強張らせた。


「ん、どうしたの? まさか、このアタシの顔が気に入らないって言うの? 精一杯、浩輔を励まそうとしてる、このアタシの笑顔がッ!」

「いや、そうじゃない。そうじゃないんです」

「じゃあ、なんなのよ」

「なんて言えばいいのかよくわからないけど、記憶――幼いときの記憶の問題ですね」

「記憶??」


 呼吸が荒くなる浩輔を見た瑠奈は、これ以上の追及をやめた。

 前にも同じようなことがあり、そのときも浩輔が非常に苦しそうにしていたのを思い出したからだ。

 と、それからすぐのこと。

 空港から一時間ほど走り続けたリムジンが、ようやく瑠奈と浩輔の隣り合った自宅の前に到着したのである。


「七曜さま、三瀬さま……御自宅に到着いたしました」

「どうも、ありがとうございました」


 リムジン運転手に礼を言って、二人が車を降りる。


「じゃあ、また明日ね。セイちゃん」

「ええ、そうですね。別の自分ですが、また明日」


 瑠奈が自宅玄関の奥に消えるのを、浩輔が見届ける。

 そして、自宅玄関のドアノブに手を掛けながら呟いた。


「……いつか、あの謎が解ける日が来る。必ず、ね」


 走り去るリムジンの背中に向けて放った浩輔の深いため息は、晴れ渡る空の彼方へと消えていったのであった。

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