○1-7 日曜日(1)

 しばらくの後、浩輔が執事に付き添われる形で大広間に戻ってきた。

 その外観は、ほんの少し前までの彼とは180度違った雰囲気となっていた。純白の上下スーツに身を包み、柔らかい身のこなしの中にも、きりりとした厳しさを持った表情を見せている。


「すみませんが……どなたか、昨日一日の『私』の行動を教えてくれませんか? 今回、土曜日の私から今日の私に、うまく引き継がれなかったもので……」


 その口調は数分前までの彼と違って、実に柔らかなものだった。

 毎日、性格というよりも人格が入れ替わってしまう彼の姿を見ていた一同は、日曜日の人物がそれなりの人物であることにほっとしたようである。

 これならきちんとした話ができそうだ――と。


「それは、ワタシが話すわ」


 これぞ、探偵助手としての仕事。

 ――そんな言葉が顔に書いてあるかのように張り切って、眠い目をこすりながら、瑠奈は浩輔に順を追って昨日の様子を説明する。しかしその間、他の人員は瑠奈の言葉に相槌を打つ以外にやることがない。眠たそうな表情で、彼らを見守った。

 しかし、あろうことか土曜日の浩輔に犯人扱いされた真央が眠気に勝てず、時折、首をこくりこくりとやっている。なんとも緊張感のない場に、富貴が苦笑いする。

 この日の夜は、彼らの思いを知ってか知らずか、淡々とそして着実に更けていった。


「なるほど……。瑠奈、ありがとう。月曜日から金曜日の『私の分身たち』が残したメモと『奴』――失礼しました――『昨日の私』の言動を総合してみれば、確かに昨日の私の推理には改善点がありそうです」


 その顔には、所謂、忌々しさが出ていた。

 土曜日の自分――サタンが好きではないらしい、日曜日の浩輔――セイント。恐らくは日曜日の自分にコメントを残さないサタンも、セイントのことは好きではないのであろう。世の中には、白と黒が混ざって灰色というハイブリッド形になることがあるが、どうやら彼ら二人に、混ざり合う機会はなさそうだ。


「じゃあセイちゃん(瑠奈はセイントをこう呼んでいる)、これらの情報をもとに推理をやり直すのね?」

「ああ。そうだね……しばらく、そこの部屋に籠らせていただきます」


 そう言って、一人、大広間横のダイニングルームで瞑想に入った浩輔。

 日曜日の浩輔は、土曜日の浩輔もその部屋に籠って推理作業をしたことは知らないのだ。

 しかし、当然、他の人々は知っている。

 昨日もそこで考えてましたよね――と咽喉まで出かかった面々だったが、今までの彼とは違う、その毅然とした態度に負け、誰もその言葉を口にすることはできなかった。

 その雰囲気を察した瑠奈がソファーから立ち上がり、皆にぴょこんと頭を下げた。


「すみません、皆様。もう少々、彼にお時間をください。でも、日曜日の浩輔――セイントには期待してくれていいですよ。もちろん、ほかの曜日の子たちもそれぞれ特徴があっていい子たちなんですけど、推理力に関しては、セイちゃんが一番なんですからっ!」

「ふん。どうだか、怪しいもんだわ……。でもいいわよ、待ってあげる。もしかしたら、もう少しはまともな推理をしてくれるかもしれないし、ね」


 彼の目の美しさに負けた真央が、珍しく大人しい口調で言った。瑠奈が、ほっと胸を撫で下ろす。

 ――とはいえ、何度も待たされることになる人たちは退屈である。

 夜中の時間帯ということもあり、五分ほども経つと、ほとんどすべての人間が居眠りをはじめたのだった。


 それから、約一時間後。

 柔らかいソファーで横になってしまっていた瑠奈が、どうやら一人だけ眠らずに部屋に立ち続け、その仕事を全うしていたらしい扇家の執事に揺り動かされた。


「七曜さまが、皆様を起こせと申されております」

「――ってことは、謎が解けたのね! さあ、みんな起きるのよ!!」


 広間の大時計は、すでに深夜二時をまわっている。

 まるで寝坊をした子供たちをフライパンを叩いて鳴らしてたたき起こすお母さんのように、瑠奈は大声で声を掛けながら大広間を巡った。


「な、何よ。うるさいわね……!? もう少し寝かせてくれない?」 これは真央。

「これで、やっと家に帰れるんですね?」「お姉ちゃん、本音が駄々洩れ!」 これらは双子のメイドたち。

「日曜の七曜君が推理を披露するのですね……。それでは皆さん、静粛に彼の話を聞きましょうか」 と、疲労の色は見せつつも主の威厳を見せたのは富貴。


 全員の眠気が飛んだことを確認した瑠奈は、日曜日の浩輔「セイント」に合図を送った。

 それを見た浩輔は、大広間の中央に位置するソファーに足を組んで座ると、爽やかな天使の笑顔で頷いた。すると今度は、瑠奈が紅白歌合戦の総合司会者のような振る舞いで皆の注目を集めて、話し出した。

 息の合った、コンビネーションだ。


「ではこれから、日曜の七曜浩輔――セイントによる、推理ショーを始めます。そう言っていいのよね、セイちゃん?」

「ええ、もちろんですよ……ていうか、゛セイちゃん゛はやめてほしいと何度も言ってますが」

「まあ、いいじゃないの、セイちゃん。日曜日の浩輔はちょっと礼儀正しすぎて戸惑っちゃうからさ、そのくらいの可愛い呼び方がいいのよ……。とにかく、推理の内容をお披露目してあげて!」

「じゃあ、私たちはコーヒーでも淹れますね。お湯は沸かせますので」


 これから世紀の推理ショー?が行われようとしているのに、なぜかそこにあるのはほんわかムードだった。セイントが醸し出している、穏やかな雰囲気のせいだろう。

 外はまだ荒れた天候だが、幻想的といえるまでの蝋燭の淡い光と濃厚な静寂に包まれた大広間。今そこに、鼻をくすぐるようなコーヒーの香りが追加された。それは、富貴の監視のもとでメイド二人が淹れたコーヒーを、彼女たちが皆に配りだしたからだった。

 それで咽喉と精神を潤した一同が、目を覚ます。


 事件など何も無かったと錯覚しそうになるほどにまったりとした時間が危うく流れそうになった、そのときだった。

 そんな状況を無理矢理押し戻すようなきっぱりとした口調で、ついに浩輔が推理ショーの口火を切ったのである。


「一応、断らせていただきますが、今からお話するのは、最初に起きた『事件』のことだけです。他の事件には経緯はあっても、トリックというものはありませんから」

「他の事件? 太田料理長シェフが亡くなった事件のことですか?」

「いや、そればかりではなくて……。まあ、とにかく今は、最初の事件のことにだけ集中させてください」

「そうですか。では、お願いします」


 富貴が、落ち着き払った声で推理結果の披露を浩輔に促した。


「今回の事件はですね……持って回ったようなトリックの数々でした。要するに、二重三重のだましの手口、というわけです」

「二重三重?」 瑠奈が首を傾ける。

「そうです。今回の事件は、事故でもなく自殺でもなく明らかに殺人事件なのですが、簡単に言ってしまいますと――よくある普通の手順で孝太郎さんは殺された。それを誤魔化す・・・・ために、色々なトリックが仕掛けられたのです」


 と、まだ始まったばかりの推理報告にすごい剣幕で割り込んだのは、昨日まで犯人扱いをされていた真央だった。


「何それ、どういうこと!? あたしが何か誤魔化すために孝太郎さんを殺したとでも言いたいの?」

「いえ……そんなこと言ってません。でもね――」


 浩輔の鋭い視線が、真央を貫いた。

 ここがチャンスとばかりに、浩輔が真央に攻めこむ。


「もうそろそろ話していただいてもいいと思うんですよ、真央さん。あなたが、孝太郎さんが殺された前の晩に、一輪挿しを壊してしまったという事実を」

「そ、それは……」


 急に、もごもごと口ごもった真央。

 媚びるような目を、富貴に向ける。


「ねえ……一輪挿しあれってさ、すんごく高価な、名匠の作品なんでしょう?」

「あの、一輪挿しですか。確かに『現代の名工』にも選ばれた有名な作者のものです。でも……人間の命の価値に比べれば、大したものではありません」

「じゃあ、弁償させるとか言わない?」

「言いません」


 ほっと安心のため息を吐いた真央が、堰を切ったように言葉を並べる。


「実は、あの事件の前の晩、あたしワインを飲み過ぎちゃってさ……。それで、かなりふらふらしちゃって、ベッドに寝ようとしたときに、ベッド横の壁に掛けてあった一輪挿しを手に引っ掛けちゃったのよね。それが結構勢いよくってさ、一輪挿しが吹っ飛んで壁にぶつかっちゃったのよ。ピンに引っ掛ける紐は外れちゃうし、花を挿す口の部分が欠けちゃうしで、とても花を飾れる状態じゃなくなっちゃったのよね。

 そしたらさ、孝太郎さんが『これはものすごく高価な代物なのに、どうしてくれるんだ!』って、まるで自分の物みたいに滅茶苦茶、あたしに怒ったの。

 あたし、仕方がないから一輪挿しの紐を結び直して、何事もなかったふりして壁に掛けといたのよ。花は挿せなかったけど……。で、孝太郎さんが亡くなったとき、ベッドに無造作に転がってる一輪挿しを見て、自分が壊したせいでぽろりと落ちたんだと思った。でも、あんまりしゃべると壊しちゃったのがばれちゃうし、弁償しろって言われるのが嫌だったから、黙ってたってわけ」

「やはり、そうでしたか。一輪挿しがベッドに落ちていたのにも関わらず、花がベッドや床に散らばっていなかったということでしたので、そんなことだろうと思いましたよ」

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