○1-6 土曜日(2)

 それから数時間後のことだった。

 相変わらず嵐の続く中、窓から射し込む明かりが弱くなった頃に、浩輔がダイニングルームより出てきたのである。


「今から事件の謎解きを行う。皆、集まってくれ!」


 自信満々の顔で、浩輔がそう言い放った。


「もう、とっくに集まってるんだけど」


 不貞腐れながらそう言ったのは、真央だった。

 この時ばかりは、メイドの双子も瑠奈も、彼女の意見に賛同の相槌を打った。

 確かに真央の言うように、死人と行方知らずの運転手以外は、浩輔の目前にすべて集まっていた。それぞれが、浩輔をコの字型に取り囲むようにして、すきな場所のソファーに腰かけている。


「ちっ……。なんだよ、もうちょっと優しい物言いができないのかよ。探偵が謎解きするときに必ず言う台詞せりふなんだからさ」


 仕方ないなと肩をすくめた浩輔は、大広間の中央にある一際大きなソファーの中央にどっかと腰を掛けた。そして、集まった人々に悪魔のような冷たい視線を投げつけたあと、低いテンションでこう言った。


「まあ、いいや……。とにかく、謎解きの話を始めようか。今回の事件は――」

「もう、まどろっこしいことはやめてよ! 『事件』っていうことは、これはやはり殺人事件なのよね。犯人はいったい誰なの? 早く言いなさいってば!」


 浩輔が推理を話し出す前に、真央が堰を切ったようにまくし立ててた。

 しかし、周りはその勢いについてはいけていなかった。きょとんとした冷ややかな目が、真央に集中する。

 その場を収めるべく、扇富貴が言った。


「真央さん、そんなに急かさなくても、高校生探偵の七曜君が今話してくれますよ……。けれど、彼が何度も言っていたように、今回の件は自殺や事故の可能性もありますからね。殺人事件と決めつけずに――」


 しかし、浩輔をフォローする富貴の言葉を遮ったのは、誰あろう、浩輔自身だった。富貴にぎろりとした鋭い目を向け、憤慨する。


「扇君、何を君は言っているんだ! これは連続殺人事件なんだよ。それだけは間違いない。昨日までの『クソみたいな俺』が訳の分からないことを言っていたかもしれないけど、そんな世迷言よまいごとに惑わされないで欲しいな」

「クソって……。言葉遣い、相変わらず悪いわよ、サタン。よくも『自分』のことをそこまで悪しざまに言えるわね」


 そう言って、たしなめた瑠奈。

 だが浩輔は、ますます不敵な笑みを浮かべて言った。


「ふん……所詮、月曜から金曜までの俺は、この『俺』の召使みたいなものなのだ。だが、゛俺のために゛メモを残してくれたことについては、感謝している」

「あ、そう」


 と、ここで再び話に横槍を入れたのは、真央だった。


「だから、そこでこちょこちょ話してないで、早く話を進めなさいってば!」


 真央の怒りは、その眉間に血管が浮き出るほどだった。

 それを見た浩輔が、再び肩をすくめ、首を大きく左右に振る。


「……真央さん、そう焦るなって。物事には順番があるんだよ。少し落ち着いて聞いてくれないか」

「聞くから、早くして」

「はい、はい……。ところで、事件の謎解きをする前にひとつだけお断りしておくことがある。ここで俺が説明できるのは、あくまでも扇孝太郎氏の殺人事件だけ、ということだ。昨日、死体で見つかったという料理人シェフの太田さんの件については、この大雨で何も状態など確認できていないし、推理はできない」

「わかった。じゃあ、孝太郎さんの事件について話して」


 真央に頷いた、浩輔。

 いくつもの息を呑む音が、ロビーに響き渡る。


「では、一言で言ってしまおう。今回の事件で犯人が使ったのは、目に見えぬやいばだったのだ」

「目に見えぬ……刃?」

「そうだ。低周波音ていしゅうはおん、ともいうが」


 大広間に広がった静寂と緊張を打ち破ったのは、瑠奈の間の抜けた言葉だった。


「ていしゅーはおんって……なに?」


 皆が、ソファーからずり落ちた。

 浩輔が、呆れ顔で言う。


「おい瑠奈……お前、本当に現役女子高生なのか? 低い周波数特性を持った音のことだよ。音は何らかの衝撃により空気などが波打つことにより発生し、伝搬でんぱんする『波』だ。音波ともいうな。その波の周期が頻繁なら高い周波数音、周期が疎らなら低い周波数音となるわけだ。ちなみに、周波数は1秒間における周期の逆数で……」

「しゅーはすう? しゅーき? ぎゃくすう?」


 首を三段階で傾けた瑠奈に、浩輔が頭を抱えた。

 そのとき、はっとなった富貴が浩輔の説明を引き継いだ。


「そうか、低周波音か! 低周波音はかつて低周波空気振動とも呼ばれていたものだ」

「はあ」

「一般的に、人間は20Hzヘルツから2万Hzの間の周波数の音が聞こえるとされ、その周波数範囲にある音を可聴音かちょうおんという」

「はあ」

「一方、低周波音は『人間に聞こえにくい』音として百Hz以下の低い周波数を持つ音波のことで、さらにその中でも『人間には聞こえない』とされている20Hz以下の低い周波数音を、特に『超低周波音』という」

「はあ……。で、それがこの事件といったい何の関係があるの?」

「……その関係に辿り着くには、多分まだ、話を続けなくてはなりません」

「まだ続くって……う、嘘でしょぉ!?」


 がっくりと項垂れた瑠奈の肩をぽんぽんとなだめるように叩いた浩輔は、話を自分側に引き戻すことにした。


「おいおい扇君、ここは探偵の出番なのだ。そこから先は、俺に任せてもらえないか」

「ああ……そうだったね。済まなかった」


 真央を含め、辛抱強く浩輔たちの会話を聞き続ける一同。

 そんな彼らに向かって振り返った浩輔が、いきなり言い放った。


「物体はその大きさや材質などにより、『固有振動数こゆうしんどうすう』を持っている」

「また新たな言葉が出てきちゃったわね……。もう、まったくわからないわよ」


 お手上げポーズの瑠奈を無視して、浩輔が続ける。


「固有振動数とは、簡単に言えば、その物体が持つ一番反応しやすい周波数のことだ。その周波数の音や振動に呼応して、場合によってはその物体はカタカタと揺れたりする」

「へえ……。で、それが何なの?」

「まだわからないのか、瑠奈? まあ、いい……。とにかくだな、今回の事件は、その『固有振動数』を伴った音波で『とある物体』を振動させ、結果、人体に損害を与えたってことなのさ」

「ああ――なるほど!」


 浩輔の謎解きに、手をぽんと打っていち早く反応したのは執事の佐藤だった。


「そうか、低周波ですね! よく、聞きますよ。人間には聞こえない低い周波数の音波が、窓ガラスとか部屋の中の人形を揺らすことがあるって……。

 犯人はその原理を使ったトリックで、孝太郎さまの額にナイフを刺した――そういうことですか?」

「ほほう……ご理解が早いですね、執事さん。

 まったく、その通りです。恐らく犯人は、ベッド横の壁に紐でぶら下げてあった一輪挿しを低周波で振子のように揺らし、本来そこに挿しておくべき花ではない『ナイフ』がセットされた一輪挿しを壁から落下させて彼の額に突き刺したのですよ。横たわった孝太郎さんの傍に一輪挿しが落ちていたのは、そのためです」

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