○1-6 土曜日(1)
今はまだ、金曜日の夜十一時。
あと一時間もすれば土曜日になるというそんな時刻に、扇富貴は館にいる人物すべてを大広間に集めた。
「この館から既に二人の犠牲者が出ました。無差別殺人の可能性もあることから、全員同じ場所――この大広間で夜を過ごしてもらうことにします」
蝋燭の淡い光の中、毅然とそう言い放った富貴。
大広間の中央にあるソファーにどっかりと座ると、まるで守衛のように皆に目を光らせた。もうこれ以上事件は起こさせない――そんな悲痛な思いが伝わって来る。
一方、富貴に睨まれた一同は、執事やメイドも含めて疲れのたまった顔を見せている。
ただし浩輔だけは、疲れというよりも、自分の部屋に籠って図書室から持ち出した本を読みたいのにそれが叶わない、といった感じでむっとした表情をしている。
そのとき、真央が急にいきり立った。
「ちょっと、何言ってるのよ! 一か所に集まるなんて自殺行為じゃないの。この中に二人も人を殺した犯人がいるってことでしょ? 耐えられない。あたし、部屋に戻るから!」
しかし、その言葉に反応したのは富貴ではなかく、後れ髪の目立つ双子のメイドの姉、伊藤美樹だった。
「そんなこと言って、本当はあなたが犯人じゃないの? だから、ここにいるのが嫌でそうやってわめいてるんでしょ!」
とうとう、彼女の堪忍袋の緒も切れたのだろう。
今まで彼女の内側で抑圧されていた何かが噴き出したかのような、喚き声だった。
それとともに敵意のある鋭い視線を真央へと送る姉を、双子の妹の伊藤沙樹が、やめるようにと小声で諫めた。
当然、真央からの反撃が始まる。
「ふん……あんたこそ、可愛い顔して本当は犯人なんじゃないの? 双子の姉妹で協力して殺したとか、ありそうなことよ」
「そ、そんなわけないでしょ!」
「とにかく、あたしはこんなところにいられないわ。部屋に鍵を掛けて寝るから。じゃあね!」
大股で大広間から出て行こうとする真央の腕を取り、その足を止めさせたのは、富貴だった。
「いけません、真央さん。ここは、この館の
じたばたと真央が暴れる。
だが、その細身の体のどこから出てくるのだろうと不思議になるくらいの富貴の腕の力に、屈してしまった。
彼女は、ため息をつくと、首を横に大きく振った。
「わ、わかったわよ! ここで過ごすから、とにかくその手を離してよ」
「そうですか。わかっていただければよいのです」
すごすごといった体で、真央が大広間のソファーに腰を下ろした。
そんな彼女の監視をするのは、主人の富貴に忠実な、執事の佐藤だった。
真央が抜け駆けして、この部屋から抜け出すかもしれない――そんな思いがあるのか、彼女の妙な動きはひとつも見逃すまいといった感じで、鋭い視線を彼女に向け続ける。
無言と緊張の時間が、しばらく続いた。
「こんな雰囲気じゃ、今夜は眠れそうもないね」
眉をひそめながら、隣のソファーに座る浩輔にそう囁いた瑠奈。
しかし、彼女が大イビキとともに眠りに落ちてしまったのは、それからたった五分後のことだった。
「おい、瑠奈! いい加減、起きろ」
「え? もう、朝なの? っていうか、ワタシ、寝てたの?」
寝ぼけまなこの瑠奈の目前で、クックックと不敵に笑ったのは、土曜日バージョンの浩輔だった。瑠奈からは、『サタン』と呼ばれている。
「何、言ってんだよ。お前、がっつり寝てたぜ。恥ずかしいぐらいの、超でっかいイビキをかいてな」
サタンとは、黒っぽい洋服を好んで着ることや、悪魔っぽい意地悪な性格であること、そして、土曜日の英語のサタデーにちなんだ名前である。
そんな彼は、いつの間にやら、昨日の金色が目立つ服から黒っぽいシャツとデニムの服装に着替えていた。
「ちょっとぉ、サタン……相変わらず言葉に
「ふん、うるさいな。俺のことはどうでもいいんだ。それよりか、お前のヨダレでソファーに染みができてるぜ。扇君に弁償しないとな、クックック」
「富貴君の家はお金持ちだし、そんなセコイことは言わないわよ、たぶん……。そ、それよりさぁ、推理は進んだの? 犯人はいったい誰? どうやって殺人を?」
「ごちゃごちゃと、うるさいな! 推理はまだこれからだよ。っていうか、大体だな……お前のイビキがデカすぎるんだ。俺の推理を妨げて仕方なかったぞ」
「ふん、自分の推理の甘さをアタシのせいにするんじゃないわよ」
「な、なんだとぉ!?」
二人の言い合いがエスカレートしようとした、そのときだった。
白髪の目立つ執事が、その間に割り込んだ。
「さて、さて。そろそろお決まりの朝のケンカも終了という事でよろしゅうございますか?」
「朝のお決まりのケンカ!? そんなものは、ありませんよ!」
声をそろえて抗議する、二人。
けれど、その抗議には応じない。落ち着いた表情のまま、執事の佐藤は大広間の横にあるダイニングの方に手をかざしながら言った。
「先ほど七曜さまから申し出があった『一人になれる場所』ですが、ダイニングスペースをそれにあてたいと思います。富貴さまよりお許しも出ましたので、どうぞ、あの部屋をお使いくださいませ」
――そうなのだ。
実は瑠奈が起床する少し前、このイビキの大きさでは推理ができないと苦情を執事に対して申し立て、別の部屋の確保を願い出ていた浩輔なのだった。
「ありがとう、執事さん。これでようやく、俺の推理タイムが確保できそうです」
浩輔は、ゆったりとした身のこなしでダイニングへと移動し、そのまま籠ってしまった。
と、瑠奈の傍に寄って来た執事が、呆れた面持ちで彼女の耳元で囁く。
「七曜さま、いったい普段からどんだけ服を持ち歩いていらっしゃるんですか? 毎日、着ている服が違うようですが……」
「さ、さあ……どうなんでしょうね。その辺は、永遠の秘密にしといた方がいいんじゃないんでしょうか」
屈託のない笑顔で言う瑠奈に、執事はそれ以上訊くことはできなかった。
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