○1-5 金曜日(3)
降りしきる雨と強い風。
時折、地響きのように鳴り轟く雷鳴の中、一人の中年男性が、まるで庭園花壇の地面から地獄から這い上がるような格好で、上半身だけ姿を見せている。
「……」
あまりのショックな光景に、声の出ない浩輔たち。
無数の雨粒が浩輔のさす傘に激しく当たる。
その傘にちゃっかりと収まった瑠奈が、ついに口を開いた。
「この方は――」
「ああ、ウチの
一人、傘もささずに立つ富貴が、ずぶ濡れの状態で吐き捨てるようにそう答えた。
傘をさしつつ、浩輔が花壇へと近づいていく。
それに伴って、同じ傘の下にいる瑠奈も自然に花壇へと近づくことになる。
「扇君、懐中電灯など持ってますか?」
「……ありますよ、ここに」
憮然とした表情の富貴が、スラックスのポケットから、小さなLED電灯を取り出し、浩輔に手渡した。
夕暮れも濃くなった中、浩輔が懐中電灯で辺りを照らす。
そして、かつてはこの館で活き活きと料理を作っていただろう男の、今となっては静物と化してしまった遺体に見入った。
「発見したのは誰?」
「僕だよ、七曜君」
「発見した経緯と、そのときの様子を話してください」
「……君たちを呼びに行っや十分ほど前でした。雨が酷く降り続いているので、庭の様子が気になり、大広間から庭へと続く扉を少し開け、覗いてみたのです。そうしたら――雨で地表の土が流されてしまったその部分に、何やら見慣れぬものが放置されている――そんな景色が目に入ったわけです」
「そこで、扇君が外に出たのですね?」
「いえ、まずは執事の佐藤に行かせました。風によって倒木などが飛んできたのではないか、と思ったものですから……。すると、執事の顔を真っ青にして庭から戻って来たのです。何が起こったのかと恐る恐る訊ねてみると――」
「佐藤さんが、言ったのですね? 『あれは飛来物などではなく、料理人の太田です』と」
「そうです、その通りです」
ここで一度、富貴が自分を落ち着けるように、息をついた。
「佐藤は、『でも残念ながら、生きてはおりません。土に埋もれた状態で死んでいます』、と続けざまに言いました。僕はいてもたってもいられなくなって、急いで外に出て、この状況を確認しました。佐藤の言うように、確かにそれは太田の亡骸でした。
そこで僕は一度館に戻り、メイドの沙樹さんにこのことを伝えると、急ぎ、あなたたちを呼びに行かせたというわけです」
「ふうん……なるほど」
そう言ってさらに遺体に近づいた浩輔は、ライトを遺体の頭部に当てると、しげしげとそこを観察するように見つめた。
「これは……明らかに殺人です。頭部に打撃された跡がありますから」
「何だって!? 頭を殴られた? いったい誰がそんなことを!」
「さあ……それはわかりません。僕は推理はしないもので」
悔しそうに、富貴が浩輔を睨みつける。
浩輔はそんな視線など気にも止めず、まるで脳裏にその映像を焼き付けているかのように、遺体をじっと眺め続けた。
一方、同じ傘の下の瑠奈は、遺体を直視できずにうつむいたままだった。
と、そこにやって来たのは執事と二人のメイド。
降りしきる雨の中、どこから持ってきたのか大きなブルーシートを広げ、上半身だけ地上に飛び出た遺体にそれをかぶせた。そこへ、既にずぶ濡れの富貴がシートが飛ばないよう、ブロックでシートの四隅を止めた。
と、そのとき。
背後から突然聞こえてきたのは、金切声に血かい女性の声だった。
「ってことはさ、犯人はあの運転手でしょ! あいつ、前から態度があると思ってたのよね……。あの運転手が、姿をくらましたと見せかけて太田を殺して埋めたあと、孝太郎さんまでも手にかけて、逃げ去ったってことに決まりよ!」
それは、真央だった。
我が意を得たり――とばかりに目を血走らせて叫ぶ。
そんな彼女に対し、浩輔は冷静な表情の顔を向けると、
「さて、それはどうでしょうか。同一犯なのかどうかも含め、推理は゛明日以降の僕゛に任せるといたします。僕のやるべきことは、今日の調査結果をこれからノートにまとめることなんです。密室殺人の推理となる元の証拠をね……」
と言って、手にしていた傘を真央に手渡した。
雨が、浩輔と瑠奈の服を濡らしていく。
「何よ、目の前で起きてるこの事件はどうでもいいってこと?」
「僕は推理はしないので何とも言えませんが、孝太郎さんの事件の真相を明らかにすれば、こちらの事件も自ずと真相がわかる――そんな気がします」
浩輔はそう言い残すと、瑠奈とともに館の中へ姿を消した。
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