○1-5 金曜日(2)
階段を上り、三階へと向かう。
メンバーは、富貴に瑠奈、そして浩輔の三人だ。他の人は、抜け駆けの行動はしないという条件で、大広間に残った。
富貴を先頭に、大きな左右開きのドアを開け、図書室へと入る。
が、電気も点かないので、中は当然、月のない夜の森のように暗かった。
「博学な
採光のため、窓に付いた大きくて重厚なカーテンを三人で開けて回る。
本来なら、窓際にあるスイッチを押せば電動モーターが回り、高校の体育館ほどの大きさもあろう部屋を外光から遮断していたいくつものカーテンが同時に動くはずなのだが、電気の通じていないこの館では、それはムリな話だった。
高校生の三人がモーター代わりとなってカーテンを開けると、部屋には水族館の水槽ほどもあろうかという窓が、いくつも現れた。
一斉に部屋の中に飛び込んできたのは、太陽光だ。
嵐でその明るさを大分減じているとはいえ、暗がりに慣れてしまった瑠奈や浩輔たちの目に悲鳴を上げさせるのには十分な明るさである。それは、瑠奈の視界が一瞬真っ白に染まり、元に戻るまで少し時間を要したほどだった。
皆が視力を取り戻した頃、富貴が落ち着いた声で言った。
「ここの蔵書の数は、小さな町の図書館並みです。どうぞ、ご自由にお使いください」
そんな、ちょっと自慢な気持ちも込められた富貴の台詞が終わるか否かのうちに、浩輔が脱兎のごとく走り出し、そのまま図書室をぐるぐると駆け巡ったのである。
それを見て「どうもすみません」と母親のように謝ったのは、瑠奈だった。
「うわああ、高そうな西洋のビンテージ本もあれば、化学、物理、生物学に社会学、それに経済学の本まで、何でも揃ってる! これは調べがいがあるぞお」
「事件に関することを調べに来た、ってことは忘れないでよね」
5分後、浩輔の興奮が収まるのを待ち、瑠奈と浩輔を残して富貴が図書室から大広間へと戻って行った。
鼻をフンフンと鳴らしながら、楽しそうに書棚から書棚へ渡り歩く浩輔。
その後、幾つかの本を持ち出してきた彼は、図書室西側の窓際に置かれた図書閲覧用の事務机にたくさんの書物を並べ、真剣な目つきで本に向かう。
それに対し、瑠奈はたくさんの本に囲まれたせいで急に眠気に襲われる。
「ホント……調べ物が好きなんだから……キンダーは……」
とうとう眠気に抵抗しきれなくなった瑠奈が、浩輔の向かいの席で、顔を突っ伏すようにして眠りこけてしまった。
そうとは気づかない浩輔は、黙々と本と格闘し続けた。
それから数時間が、まさに音もなく過ぎ去った。
そんな図書室の静寂を打ち破ったのは、浩輔だった。調べ物を終えたらしい浩輔が、瑠奈が寝てしまったことにようやく気付いたのだ。
「おい、起きろよ瑠奈。もう夕方だぜ」
浩輔に肩をぶりぶりと揺らされた瑠奈の
窓から射し込んだ光が、彼女の目に入る。
だが、ここに来た時のそれと比較すれば、それはかなり弱々しく、彼女の網膜を眩しがらせるほどのものではなかった。
「あん? おはよう……キンダー」
寝ぼけまなこで浩輔に挨拶をする、瑠奈。
と、彼女は、間違いなく自分の口から排出されたであろう゛ヨダレ゛により、手の甲がべっとりと湿っていることに気付いた。
ここで、ハンカチを取り出して
――それだけは、イヤ!
考えた末――瑠奈はスローモーションで手を動かすと、それを制服のスカートで静かにぬぐった。
しかし、そこは彼も名の知れた高校生探偵なのだ。
妙な動きには、とても厳しい。
「ん? 今、濡れた手をスカートで――」
「バ、バカね。美しい女子高校生がヨダレを垂らすなんて、そんなことあるわけないじゃない! そ、それよりさあ、調べ物はできたの?」
「ああ……終わったよ。恐らくこれで、推理のための元資料はそろっただろう」
「資料がそろった、か。相変わらず、キンダーは推理しないのね……。でも、一応聞いちゃうかな。犯人は誰なの?」
「ほほう……それを僕に聞くのか。なら、一応言っちゃおうか。それは登場人物の一人なのに、まだ一度も顔を出していない人物――
「ええーっ、それってもしも小説の世界だったら、反則ってやつよね?」
「何を言ってるんだ、瑠奈。これは現実なんだぞ。反則なんて存在しない……っていうか、今のは冗談さ。僕は推理をしないからね」
瑠奈が、何とかヨダレの件を誤魔化せたと心の中で冷や汗を拭っていたそのとき、図書室を息せき切ってやって来た者がいた。
双子メイドの妹、伊藤沙樹だった。
「大変です! シェフの太田さんが遺体で見つかりました。庭園の中にある、花壇の地面に埋められていたのですが、それがこの長雨でむき出しになったみたいで!!」
「む、むき出しって……そんな……」
顔をひきつらせた浩輔が、胸ポケットから取り出した胃薬を急いで口の中に突っ込んだ。
むき出しという言葉に恐れおののいた瑠奈は、口を開けた格好のまま、しばらくは動くことができなかった。
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