○1-5 金曜日(1)

 非常に発達した低気圧が居座り、未だ洋館のある森の天候は荒れ放題だった。

 その低気圧の一日の移動距離と同じくらいに、高校生探偵「七曜浩輔」による捜査は金曜日の朝になっても顕著な進展はない。

 電気も止まった状態で、今日も警察は来れないのかと疲れと落胆の表情を複数の人間が見せる中、一人、七曜浩輔だけは元気だった。


「あれ? どうしたんですか、皆さん。元気ないですよ。あ、そうか。せっかくの金曜日なのに、『事件』のことで頭がいっぱいなのですね……。でも、この僕が登場したからには、こちらの事件も解決が近いですからね。何故って――あ、そんなことより、僕のことはキンダーとお呼びください。もちろんこの名前は、尊敬する名探偵、金田一きんだいちのじっちゃんに因んだものですけれど」


 そう言って、浩輔が金のちゃらちゃらしたネックレスをはだけたワイシャツの胸からちらつかせる。昨日までの浩輔と比べても、一際陽気な感じだ。そして、金曜日に生きる彼は、その文字に影響されたのか、金ぴかの装飾品が好みなのである。

 朝食後に、一同が集まった大広間で笑顔を陽気に振りまいた彼は、満足そうに足を組んでソファーに座った。すると、浩輔の座ったソファーのすぐ横に座った瑠奈が、先ほどの彼の発言に対して大いに不満げな表情を浮かべ、肩をすくめながら言った。


「キンダーの意味は゛じっちゃん゛だけじゃないわ。金曜日の゛金゛と、幼稚園という意味のドイツ語゛Kindergarten゛からも来てるのよ……子供っぽいから。まあ、そのことは今はよしとしましょうか。キンダーは昨日までの記憶がないから元気なんだろうけど、電気も止まっちゃって、とにかく、みんな疲れてるの!」


 ただでさえ窓のない大広間だ。

 天気さえ良ければ奥の庭へと抜ける扉を開けることもできる。が、嵐ではそれもできない。

 いくつもの燭台に載せられたいくつもの蝋燭の明かりで作られた世界の中、瑠奈の言葉に、顔を薄暗く照らされた一同が頷いた。

 ホスト役の富貴も疲労の色は隠せなかった。

 大人っぽくふるまってはいるが、まだ高校生なのだ。


 それは、執事の佐藤も同じだった。

 洗濯ができないのか、背広スーツにも足元や袖口など、ちょっとした汚れが目立つようになっている。

 双子のメイドたちも、そろそろ冷蔵庫の利かない環境では料理を作る材料もなくなると、不安の色を隠せない。

 だが、そんな中で一人だけ、浩輔の言葉に別の反応をした者がいた。

 殺された孝太郎の恋人であった、真央だ。


「今……『事件』って言ったよね、この人。殺人事件だと認めたってこと?」


 瑠奈も、その他の人々も、はっとなって浩輔の顔を見る。

 金曜日の浩輔は、意外とあっさり、それを認めた。


「ん……まあ、そういうことになるのかな、今の感触としては。でも――」

「でも――?」

「すみません――その前にちょっと失礼します」


 そう言うと、浩輔は制服の胸ポケットから一包の粉薬を取り出した。

 ――胃薬らしい。

 その封を切り、水なしで中の粉末を口の中に放り込んだ浩輔。

 瑠奈は額をポリポリしながら、皆に向かって、すまなそうに頭を下げた。


「すみません。金曜日の浩輔は、こう見えて気が小っちゃくてですね……。モッキーとは逆に食が細いんですが、緊迫の場面になると胃が痛みだすらしく、すぐに胃薬を飲み始めるんです」

「ふうん……そうなのね」

「それにですね……実は、もっと致命的な部分がありまして」

「致命的!? なによ、それ?」

「彼――キンダーは、金田一のじっちゃんを尊敬している割に、推理力がないのです」

「はあ? 推理力がないって、それってもはや探偵じゃないと思うんだけど!」


 と、薬を飲み終えた浩輔が、胃の辺りを右手でおさえながら、口を挟んだ。


「し、失礼だなあ、瑠奈くん。僕は、推理力がないんじゃなくて、データ検索とデータ処理に長けてるのだよ。つまりは、それに特化してるというわけだ」

「データ……なんですって?」

「まあ、そんな名称なんてどうでもいいんですよ、真央さん。とにかく、推理は僕の役割ではないということです。推理それは多分、明日あす明後日あさっての僕がやってくれますから」

「明日か明後日って……そんなに待てないわよ! 彼は本当に昨日までの高校生探偵なの? 人格が変わり過ぎよね」


 真央の言葉に、瑠奈は彼女にぎろりとした目を向け、睨みつけた。


「これは個性の範囲内ですから……。でも、どうしてキンダーは事件だと思うの?」

「このメモに書かれた内容を総合すれば、そうなるよ。月曜日の゛僕゛も会えなかった料理人の行方不明、そして、人柄の良い運転手と車両の同時失踪――まさに事件が起きているとしか思えないじゃないか」

「なるほどね……で、犯人は誰なの?」


 何とも直接的な瑠奈の質問に、息をのんだ、一同。

 浩輔は、一度肩をすくめると口元をきゅんと曲げ、足を組みかえながら答えた。


「だから、僕は推理をしないんだって。瑠奈が一番それをよく知ってるはずだが」

「ああ、そうだった」

「じゃあ、あんたはこれから得意の調査とやらをやるというの……? なんとものんびりして頼りにならない高校生探偵だこと!」


 怒りで顔を歪めた真央が、真央を睨み返した。

 真央の嫌味にはさすがの浩輔もしっかり反論するだろうと思っていた瑠奈だったが、彼の顔にその意思がないことを見て取ると、小さなため息を漏らした。


「いや、残念ながら、今回の事件に僕の出番はなさそうだよ」

「どうしてよ!」

「だって、ほら――僕の相棒のスマートホンの電源が切れかかってるもん。予備電源もないということだし、僕としてはお手上げさ」

「そんなことない! この館には素晴らしい図書室があるもの」

「なぬ!? 図書室だって? そんなものがこの建物内にあるとは……興味あるな。早速、行きたい!」

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