○1-4 木曜日(2)


「ああ、腹へったあ。お昼ご飯まだあ?」


 それは、朝食から1時間後のこと。

 大広間の奥の階段を上りながら、浩輔が呟いた。

 少し前、浩輔の自殺説を無視するように「誰かが証拠隠滅などの『抜け駆け』をしないよう、現場に行くなら皆そろって行きましょうよ」と瑠奈が提案し、ぞろぞろと部屋へと向かう途中なのである。


 執事の佐藤が先頭に立ち、扇富貴がそれに続く。

 その後ろには浩輔と瑠奈が並んで歩き、最後にメイドの二人に挟まれる形で、真央が渋々といった体で歩いている。

 執事とメイドの手にあるのは、単三電池で光る小型のLEDライトだった。暗がりの中、階段を踏み外すことの無いよう、皆の足元を照らそうという訳だ。


「ホント、モッキーはよく食べるよね。尊敬するわ」

「お褒めに預かり、光栄です」

「褒めてないわよ……。それより、モッキーは昨晩のことは自殺って本当に思っているの? だって悲鳴が聞こえたとき、わたしたち、窓に人影を見たじゃない。それに、自殺する人が叫んだりするものかしら?」

「さあね……人影を見たのは゛ボク゛じゃないし、捜査もこれからだから、まだ断言できないな。でも、ドアに鍵がかかっていたというし、普通に考えればこれは自殺、もしくは何かの拍子に頭にナイフが刺さってしまった事故だよ。ナイフがその辺に落ちてるとは思えないから、この場合、事故とは考え辛いよね。とすれば今回は自殺で、人影は孝太郎さん自身が何かの拍子に立ち上がったときのもの、聞こえた悲鳴は頭にナイフを刺す前に決心のつかない自分を鼓舞したもの、と考えるのが妥当だよ」

「そんな……ものなのかな」


 二人の会話に、真央が後ろから割り込む。


「あんた、まだそんなこと言ってるの? あの・・孝太郎さんが、自殺するわけないんだから! それにさあ、よく考えてみたら、自殺するんだったら普通、ナイフは頭じゃなくて胸に刺すものじゃない? やっぱりおかしいわよ」

「いや、そんなことはありませんよ。喉を掻き切る場合もあるでしょうし、自分で刺すのが怖いからナイフを固定しておき、頭にナイフが刺さるよう、自分自身がナイフの刃に突っ込んでいった、ってことも考えられますからね……。第一、彼はかなり酔っぱらっていたそうじゃないですか。何をしでかすか、わかったものではありません」

「ぐぬぬぬぬ……なんかよくわからないけど、あたしは納得いかないわ!」


 このままでは取っ組み合いの喧嘩にでもなりそうな、一色触発の雰囲気だ。

 それを察した富貴が、穏やかな口調で言った。


「まあまあ、お二人とも。今はそんな論議をしたところで何も始まりませんよ。高校生探偵の七曜君がやる気になってくれたことですし、まずは、昨晩あまりできなかった『部屋の実況見分』をして、七曜君に推理を任せてみましょう。僕も、真相が知りたいですからね」

「富貴――。あんた、何、余裕ぶっこいてんのよ。あんただって、立派な容疑者の一人なんだからね!」

「……わかってますよ、真央さん。あ、それから孝太郎叔父さんの亡骸なきがらは、先ほど僕と佐藤とで二階の大浴場に移しておきました。もちろん、部屋の状況をなるべく変えないよう、十分注意を払ってですが」

「怪しいわね……。あんたたち、何か部屋に小細工したんじゃないの?」

「それは、私はともかく、富貴さまに対して大変失礼なお言葉です! しかし、真央さまはどうしても殺人事件にしたいようですね。だとすれば、真央さまだって容疑者の一人であることは、間違いありません。孝太郎さまと真央さまが、実はうまくいっていなかった、なんてことも十分あり得るわけですから」


 館の主を馬鹿にされたせいなのか、いつもの柔和な笑顔を捨て去った執事が、氷のように冷たい言葉を言い放った。

 それを聞いた真央が、肩をすくめた。


「ふん……言いたけりゃ、言ってなさい。でもあたしには悲鳴が聞こえたときに、この高校生たちととともに外にいたという、鉄壁のアリバイがあるんだから」

「アリバイなどという言葉を使う人が、一番怪しいものです」


 珍しくムキになった執事。

 やはりこんな場面を冷静な言葉で前に進めたのは、富貴だった。


「先ほども言いましたが、今は喧嘩をしている場合ではありません。とにかく、部屋に行ってみましょう」

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