○1-2 火曜日(3)
「瑠奈。ところで、あの人たち誰だっけ?」
「だぁからぁ、さっきから言ってるでしょ、カー。富貴君のおじさんとその彼女さんよ」
「ふうーん……」
先ほどまでは、確かにこの豪華なダイニングルームにもあったのだ。『にこやかな談笑』というものが――。
しかし、その和やかな雰囲気も、たった二人の人間の登場でご破算となった。そう――長細いテーブルを挟んで瑠奈と浩輔の前に鎮座する
「おい、富貴。なんだよ、この
どうやら扇富貴にとっては、いきなり、かつ、招かれざる客だったようである。
それは、いつもクールな彼が、珍しくあからさまに彼の義父の弟――つまりは義理の
「孝太郎叔父さん、いきなり二人で押しかけて来て、
「ふん、いちいち俺に口答えするな」
「っていうかさ、富貴、あんた友達いたんだね……。よかった、初めて見たよ。あ、お二人はここに来るの初めて? あたし、この孝太郎さん婚約者で真央っていうのよね。よろしくねー」
元保険のセールスレディという深紅のワンピースドレスを身に付けた三十歳の女が、そう言って瑠奈と浩輔に自己紹介をした。
そして、近くにいる若いメイドに、飲み干したグラスに注ぐための赤ワイン――丁度彼女の服と同じ色合いのもの――の追加を持ってくるよう強い口調で命じた。
「かしこまりました、真央さん」
「ちょっと! だ・か・らぁ、あたしのことは『真央さま』って呼べって、何回もいっているでしょ!」
「す、すみません、真央さま」
真央が大声を張り上げた瞬間、ダイニング全体に殺気立った緊張感が走った。明らかに彼らは、ここのスタッフたちに歓迎されていない。
すると、執事の佐藤がいかにも値段の高そうなワインのボトルを手に真央の横にやって来て、ワインを彼女のグラスに静かに注ぎながら、穏やかな口調で言った。
「真央さま。誠に申し訳ありませんが、本日は富貴坊ちゃんのお客様がお見えです。どうか、そのあたりをご考慮願います」
「あん? そ、そうね……ごめんなさい。でも、
「ごもっともです、真央さま。よく言っておきますので」
さすがの真央も、老練な執事には敵わない。
因みに、沙樹とはここに勤めて3年ほどになる二十二歳のメイドのことで、フルネームは
執事の機転により、場が和やかさを少し取り戻した。
しかし、会話はそれ以来あまり弾むことはなくなった。かちゃかちゃと食器の立てる音だけがダイニングを支配するようになった。
時間が進むにつれ、アルコールが回ってきた孝次郎。
口の゛ろれつ゛が回らなくなり、その連れの彼女とともに暴言が増えていった。再び、部屋の雰囲気が悪化していく。たまりかねた富貴が、ついに決断した。
「――さて、今夜の晩さん会はこのあたりでお開きといたしましょう。七曜君と三瀬さんのお二人は、明日の朝食後にリムジンで学校までお送りせていただきますので、そのときにゆっくりと懐かしい思い出話でもできたらいいですね」
「ええ、そうですね……」
テーブルに並んだたくさんのご馳走に未練を残す浩輔の手を引っ張った、瑠奈。
渋々、ダイニングの席から浩輔が立ちあがる。
そして、既にアルコールで゛ぐでんぐでん゛となった孝太郎に言い放った。
「おじさん、ここは森の洋館だよ。そんなに態度が悪いと――身に危険が及ぶのは必至さ」
「ああん? なんだって?」
「何? この子、何言ってるの?」
「いえ、なんでもありません、なんでもありません。みなさん、おやすみなさい!」
ぺこり頭を下げ、その場を取り繕った瑠奈が浩輔をダイニングから引き摺りだす。
「あーあ、料理もったいなかったな」
「諦めが悪いわね、カー。あの雰囲気で、あそこに居続ける方が大変じゃないの!」
「そうかなあ、オイラ、全然平気だけどな」
「……あんた、゛他の六人゛はわからないけど、長生きするわよ」
二人は、大広間を横切って庭へと抜ける扉の前へ。
その左右にある階段の、向かって左側のものを使って二階へと上る。階段を上りきった右側――館の奥側――が、どうやら先ほどの
「明日は学校だし、早く寝なさいね」
「うるさいなあ……わかってるよ」
階段近くの部屋に入り、パジャマに着替えた瑠奈。
部屋の中にある小さな洗面所の前で歯磨きをしていると、館の最も表側に位置する隣の部屋から、浩輔のギャーギャーとした雄叫びの声が何度も聴こえてきた。恐らくは、部屋の中にある調度品やら美術品やらにいちいち感動しているのだろう。
別荘の暑い壁を通り越して伝わるほど、彼の声は凄まじかった。
館の人々がどんな風に思っているのかと想像すると、背中がうすら寒くなる。
――きっと、明日のスゥちゃんは寝不足ね。
瑠奈は、深く考えることを辞め、ふかふかの布団の中にもぐりこんだのだった。
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