第36話:好きな人の好きな人には好きな人がいる11
次いで今度は紅蓮と八聖が入浴した。裸の付き合い。紅蓮は遠慮したのだが、
「男同士で話がある」
なんて。その声に感じ入り、結果、裸体を八聖に晒す。二人して体を清めて湯に浸かる。春もそろそろ気配が遠のく夜だ。肌寒さは如何ともしがたいが、それ故に風呂の心地よさも逆説的に有利に働く。
「あう……」
と紅蓮。未熟な体。ある種の人間にとっては羨望の的だが、八聖は例外だ。八聖の方はしっかりと年齢相応に成長している。それがまた紅蓮の情欲をそそるのだが、当人は察することのない状況でもある。
「…………」
八聖はジトッと紅蓮を見やる。
「何……でしょう……?」
怯えと恥じらい。破壊力抜群だが八聖の声は明確にソレを否定してのけた。
「紅蓮は無明が好きなのか?」
そんな言葉。まったく紅蓮に頓着しない。無明……是空無明への想いでいっぱいいっぱいらしい。春に来て、恋し恋され散りゆく物。その精一杯さは紅蓮にも好ましい。
「違います……」
むしろ、
「何を以て?」
と心中首を傾げる。
「兄さんとか呼ばれてたし」
「ごっこ遊びですよ」
苦笑。あるいは苦笑い。
「プレイって云ってなかったか?」
「遊びですからプレイでしょう」
耳が心地よい。澄み切った声は紅蓮の心に響く。残響の余韻もまた大きい。
「けどあっちは気にしているみたいだぜ?」
「ああ」
それはそうだろう。烏丸茶人の兄。クラスメイトだから話題の共通性は否定できなかった。もっともソレによる勘違いはあまり面白くもない。
「色々あるんです」
「その色々が聞きたいんだがな」
「あう」
ある種の敵意がのったが、それすら紅蓮には快い。幼いなら幼いなりに興奮を覚える物だ。想い人と裸の付き合いをするだけでも信じられない気持ちなのに、其処に加えて無色透明の声がかけられる。心の怯えは少しずつ剥がされていく。とはいえ紅蓮にとっての想いという物は逆転的で報われないのだが。
「是空さんは……気持ちのいい人ですね」
「単に空気が読めないだけだがな」
ソレについては八聖も理解しているらしい。
「八聖さんは是空さんが好きなのですか?」
今更だ。この言葉は確認ですら無い。無意味と云うほど空虚ではないが有益かと問われると首を傾げる類。
「愛してる」
即断。ゾクッと悪寒にも似た恍惚が紅蓮を襲う。それほど真摯な声だった。
「やっぱり……御尊顔に……?」
「いや。どちらかなら悪癖にだな」
「悪癖……」
空気が読めない。
「色々と助けられた。惚れもした。所謂、幼馴染みなんだが誰に渡すつもりもない」
「…………」
精通しそうな勢いだ。
「詳しく聞いても宜しいでしょうか?」
紅蓮は自然そう云った。
「あんまり楽しい話でも無いぞ?」
「他者の恋愛は聞き手の娯楽です」
チャプンと湯が跳ねる。紅蓮は他人に対して穏やかに笑っていた。
「うちは少し変わった家系でな」
「?」
「地主……というか名家というか……」
「お金持ちなんですか?」
「ああ」
聞くに九重市に存在する歴史ある名家だとか。八聖なんて名を紅蓮は今まで知らなかったが……あまり畏れ入ったりもしない。紅蓮が怖いのは人の業で、金銭の有無は此処に加味されないのだ。
「ま、俺の功績じゃないから自慢にも為らんが」
それはその通り。
「親が子煩悩でなぁ。色々と甘やかされて育った」
「良い事です」
親に愛されて生まれるのは案外噛みしめるべき幸せだ。
「ソレについては感謝だが……」
むずむずと唇を波立たせる。あまり云いたいことでも無いらしいが、不利益がどうのより、この場合はくだらなすぎて八聖の無気力に起因する。
「幼稚園や小学校の頃……ロールスロイスで送迎されててな。小学生ながらに周りがドン引きだったんだ」
「うわぁ」
それはそうだろう。小学生ながらにハイヤーで送り迎えされては子どもにはたまらないだろう。親の愛情の想念ではあれどマイナスに傾いている。
「で、ダチが一人も出来ないで鬱屈してたんだよ。周りも俺が八聖だと知ると関わり合うのを避けるんだ。しゃーないんだがな」
嘆息。
「オン・ソチリシュタ・ソワカ」
心中で印を切る。
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