第34話:好きな人の好きな人には好きな人がいる09


「わお」


 とは是空の言葉。さもあろう。夜の九重市を俯瞰できる風景だ。マンションの浴室。久遠と是空が一緒に入浴していた。


「それでは先生」


 全裸の是空が全裸の久遠を見やる。


「背中を流させてください」


「…………」


 半眼で睨む。久遠としては警戒に値するが、毒気を抜かれるような是空の声でもある。


「ていうか先生おっぱい大きいですね」


「兄さんに育てられましたから」


「揉まれたんですか?」


「ええ」


 別にそれが原因では無かろうが、


「そうだ」


 と確固たる勘違いも恋の為せる業。


「ふむ」


 体を洗う名目で是空は久遠の胸を揉んだ。ふにふに……と。それから今度は久遠が是空の体を洗う。乙女チックな体つきだ。ある種の垂涎の的ではある。二人して身を清めると浴槽に浸かる。


「ところで是空さん」


「ふや……先生……」


「是空さんは兄さんが好きなんですか?」


「え?」


 ポカン。


 そんな感じ。


「何故です?」


 これを心底から云うのだ。久遠の方はある種当然の警戒なのだが、是空にそんな自覚はあまり無い。


「兄さんとの距離が近すぎます」


「はあ」


 空気の読めない是空である。基本的に他人の遠慮を思考の下地にしないタイプ。アンチATフィールドの持ち主でもある。


「兄さんが受け入れているのも問題です」


「受け入れられては……」


 クリクリと茶髪を弄る是空。


「受け入れられていないんですか?」


 クラスメイトだけでも久遠には致命的だ。


「空気読めって言われました」


「でしょうね」


 根本的に紅蓮の気質を初めて出会った人間が解消できるのなら……世界はもう少し穏当に回っている。


「何というか……」


 とは是空。


「紅蓮さんはパーソナルエリアが人より強いらしく……」


「広い」


 では無い。


「強い」


 のだ。


 広い狭いでは無く、濃密か希薄かの問題だ。妙見で他者の御機嫌を取らなければ生きていけない小動物。それが神通紅蓮である。


「それはわかりますけど……」


 誰より紅蓮を見てきた久遠にも異存は無い。


「でも可愛いじゃないですか」


「…………」


 スッと久遠の眼が細くなった。気付かない是空。


「ブラコンのファンで先生の兄さん。ついでに暖簾のモデルで小動物。属性盛りすぎで色々と考えさせられます」


「要するに好きと云うことですね?」


「いえ」


 さっくり。


「恋愛感情は持ってません」


「?」


 考察に於いて明敏で在りながら、そこに恋慕の介在が無い。久遠の困惑も妥当だ。


「紅蓮さんのおかげで先生と出会えました。そう云う意味では役だったってことで」


「ブラコン……面白いですか?」


「ええ。とても」


 破顔。一切の嘘無き賞賛。久遠は知らないだろうが、是空は烏丸茶人に恋してるのだ。その人物が目の前で全裸であれば、


「せーんせっ!」


 抱きつくも吝かではない。

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