第33話:好きな人の好きな人には好きな人がいる08
「所謂アニメの打ち合わせで編集部に?」
「打ち合わせ……より前の段階です」
「?」
「要するに私にアニメ二期の展開を肯定して欲しいんですよ」
「良いお話なのでは?」
少なくとも一ファンにとってはお祭り騒ぎだ。是空はここに含まれる。
「中学は出席の単位は危うくても言い訳と補習でどうにでも為るんですけど……高校は義務教育ではないので……」
スケジュールの調整が厄介だ。
「二の足を踏む」
が表現として適切か。
「むぅ」
ブラコンのファン。一考の余地があるらしい。是空は難しい顔をしていた。
「別に是空さんが悩んで企画が進行するわけでもありませんし」
サクリと形而上的に介錯をする久遠だった。
「学校の方に斟酌は……?」
「もちのろんで頼めば理解はしてくれるでしょうけど……あまり烏丸茶人のカードを切りたくないんです……」
場合によっては女子高生作家として学校側が騒ぐ可能性がある。それではペンネームを使って別名義で活動する意味が無い。尚、久遠は不世出と評される美少女だ。顔出しはノーグッド。バレれば社会的に血祭りにされる。
「私は兄さんへのラブレターが書ければそれでいいんですけどね」
涼やかに紅茶を飲む。精神的に安定したらしい。顔から渋みがなくなっていた。
「では食事にしましょう」
エプロンをほどく紅蓮。その様は若妻の印象さえあった。愛らしい幼妻。白米にクラムチャウダーとサラダ。アサリではなく牡蠣のソレだ。季節では無いが、ソレを差し引いても十二分に美味である。
「温まります」
久遠は賞賛した。是空と八聖もソレに追従する。食後。片付けを終えると、
「先生の仕事場が見たいです」
是空がそう云った。
「別に面白い部屋ではありませんよ?」
久遠にはそう云う他ないだろう。
「是非!」
グイと詰め寄る空気クラッシャー是空。
「いいですけど……」
そんなわけで久遠は是空を連れて仕事部屋へと消えていった。紅蓮も入ったことはあるが要するにブラコンの関連グッズが所狭しと並べられ、尚執筆用の自作パソコンが置いてあるだけだ。とはいえ、
「ふおー!」
と歓声が聞こえたように、是空にとってはお宝の山だろう。ブラコンの関連グッズ……フィギュアに始まりタペストリーやら同人誌やら。中には非売品まで含まれる。それらを網羅して興奮しないブラコンファンも居ない。
「楽しそうですね」
紅蓮が苦笑した。
「だな」
八聖の声には微妙な感情が透けて見えた。
「色々と思う所があるのだろう」
ソレについての言及はしない。あまり面白いことにならないからだ。
「お前も何か書いてるのか?」
烏丸茶人の兄だ。八聖の疑問も当然だろう。
「………………いえ」
簡潔に紅蓮は答えた。その一言にのった感情は多彩だ。恋慕の謙虚……億劫と酩酊……萎縮に畏怖……それらが混然となり紅蓮の顔を赤くする。ことここにいたって八聖の声は紅蓮を捉えていない。単純に、
「敵を見定める」
に終始する。
「……あは」
はにかむ紅蓮。どうしようもなく熱を持つ。故に八聖の気持ちも想像出来る。それは人が過去から受け継いだ愛の遺産。
「人を愛する」
ということの希少性。言葉にすれば、
「好き」
「愛してる」
これだけの物なのに、ロマンス作家は情景を文字で肉付けして多彩な恋愛模様を描き出す。烏丸茶人のブラコンも此処に含まれるだろう。
「あまり共感は出来ないが……」
とは文学から遠い八聖らしい言だった。
「……いいんですよ」
紅蓮は紅茶を飲んで苦笑した。紅潮は解けていない。無味無臭の言葉はそれだけで浸透圧に従って染み入る。
「…………」
「…………」
紅蓮に興味の無い八聖。人間不信の紅蓮。二人で語らい合う内容はそんなに無い。風呂が沸いた知らせが電子音と音声で報されるまでそのままだった。
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