第32話:好きな人の好きな人には好きな人がいる07


「…………」


 久遠は口をへの字に歪めた。不機嫌になるとだいたいこんな感じ。紅蓮の方も長い付き合いであるから心情を読み取るのは本を読む程度には容易い。


「お邪魔しております。先生」


 ピッと是空が敬礼した。


「邪魔してるぞ」


 八聖は声だけでソレに続いた。


「えーと」


 困惑もしょうがあるまい。久遠と紅蓮の愛の巣(と云うのはある人間の妄念だが)に他者が介入したのだ。面白いはずも無い。


 仕事自体は片付けてきた。編集部からの帰りだ。


「お帰りなさい」


 紅蓮はぬけぬけと言う。


「兄さん?」


「はいはい」


「どういうことですか?」


「色々と」


「?」


「そうなりますよね」


 久遠は紅蓮以外の人間を歩く障害物程度にしか思っていない。紅蓮の人間不信につけ込んで二人でイチャイチャするのはもはや依存癖のある日課だ。


 紅蓮はキッチンに立ってクラムチャウダーを作っていた。


 思案はある。


 是空が久遠に惚れているのも知っているし、自身が八聖に惹かれているのも感じ取っている。久遠は紅蓮ベッタリで、八聖は是空に想いを寄せている。この時点で人間関係は壊滅的なのだが、別に責任の帰結は誰にも無い。一番マトモな恋愛および青春をしているのが、この場では八聖刹那ではあろう。


「先生の家にお泊まりしてみたいです」


 是空がそう云った。


「俺もだ」


 中々信条を裏切るような八聖の主張。これが別の人間の言葉なら紅蓮は遠慮がちに却下しただろう。が、是空と八聖には紅蓮に対する妄念が無い。ある程度の心情の汲み取りほどは妥協できた。もちろん久遠の迷惑は承知で……である。


「お疲れ様です」


 紅蓮は水出し紅茶を久遠に差し出す。久遠は一度私室に戻って着替えた後、ダイニングテーブルに着く。黒髪をポニーテールにしており部屋着を着た久遠は意外と新鮮だった。


「食事を取ったら帰ってくださいね」


 つっけんどんも此処まで来れば賞賛に値するが、


「お二方は今日は泊まるそうですよ」


 キッチンからそんな紅蓮。


「正気ですか?」


「部屋は開いていますし……特に問題にはならないかと」


 ブラコンの印税で一財産築いた久遠だ。一等地の高級マンションを買ったため部屋は広く、使っていない客間も存在はする。


「そう云う意味では無いのですが……」


「知っています」


 妙見。紅蓮の処世術。人を人と見做さない人類畏怖。久遠の言いたいことは存分に覚れるのであった。要するに、


「他人の目があると兄さんとイチャイチャ出来ない」


 との我が儘に通ずるのだが。


「お仕事の方はどうでした?」


「まぁ色々と」


 水出し紅茶を飲む久遠。表情は苦そうだが紅茶の渋みのせいではない。


「新刊の内容ですか?」


 烏丸茶人フリークの是空が食いつく。


「いえ。アニメ二期の相談ですよ」


 やはり渋い顔で紅茶を飲む。


「アニメ!」


 瞠目。


「先回りして言うならネットに拡散しないでくださいね?」


「あ、はい」


 従順な是空だった。

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