第30話:好きな人の好きな人には好きな人がいる05
数日後。執筆部の活動。紅蓮はのんべんだらりとしていた。スマホを弄っている。電子書籍の読書だ。
「こんな感じでいいの?」
とは顧問である回向教諭の言葉。
「元より学校から隔離するための言い訳ですから」
とは紅蓮の言。ちなみに執筆部の部員は回向教諭と電話番号を交換していた。一時的な文芸部のヒートアイランド現象は鎮火し、廃部寸前の模様を取り戻していた。結果、部活顧問である回向教諭の本業は執筆部での監視にとどまる。
「部長は?」
「今日は休みです」
編集部に呼び出されている。
ブラコンのアニメ二期についても、
「嫌味のようにネチネチ言われる」
と疲労の声で宣ったほどだ。色々と大変なのだろう。紅蓮の方は夕餉を作って待つ他知らないが。
が、問題はむしろ紅蓮の方だった。
「…………」
手紙。紙に書かれた文字の羅列を見る。
「放課後。屋内プールの裏で待ってます」
そんな文言。所謂、
「ラブレター」
と呼ばれる物だ。
「自身が如何に紅蓮を好きか」
「自身の紅蓮に対する気持ちが如何な物か」
ソレらを綴って、返事の場所を選んだ状況だ。
嘆息。
「少し座を離れます」
そう言って紅蓮はパイプ椅子から立ち上がった。
「どちらへ?」
特に興味も湧かない井戸端会議。その程度の熱量で是空が聞いてくる。
「ラブレター」
指で挟んだ紙を見せつけて部室を出る。
「モテるね」
「モテるな」
そんな不条理な声が背中に覆い被さった。精神的に疲労する。
「糸し糸しと言う心……ですね」
別段理解の不足は無いのだが。
指定された場所に向かうと男子生徒が一人居た。久遠が居ないため一対一で応対する羽目になる。中々に難行だ。
「あの……」
と紅蓮。
「…………」
感情に怯みの成分が含有されている。
「ラブレターの君ですか?」
他者が恐ろしくて怖ろしくて畏ろしい紅蓮の精一杯のコミュニケーションだ。
「ああ」
男子生徒は頷いた。日本男児らしい外見で顔立ちもいい。もっとも紅蓮の心を揺さぶるには今いつつ及ばないが。
「あのさ」
と男子生徒。
「俺と付き合わね?」
恋する人間特有の声だが、排斥の対象だ。
「申し訳ありません」
紅蓮は謹んで謝辞した。
「何でだ?」
妥当な疑問だろう。
「僕は男ですので……」
それが全てでは無いが一因ではある。
「男性とお付き合いをするつもりはありません」
呼吸するように嘘をつく。
「俺なら神通さんを幸せに出来るぜ?」
縋るような男子生徒の声だった。
「これでも結構金持ってるし。付き合ってくれたら融通効かせるし」
「他の人に言ってあげてください」
心中の恐れを隠して紅蓮はけんもほろろにする。
「駄目かね?」
「です……」
他に回答は無かった。
そこで場の空気が一変する。
「あんまり調子くれてんじゃねえぞ?」
男子生徒の声に不穏が混じる。
「……っ」
後ずさる紅蓮。
「何様のつもりだお前?」
ガッと男子生徒は紅蓮のセーラー服のカラーを握りしめた。
「お前は黙って俺の物になりゃいいんだよ」
不機嫌を形にしたような声に、
「…………」
紅蓮は冷静に対処した。
「申し訳ありません」
男子生徒の手を握る。次の瞬間、男子生徒は地面に組み伏せられていた。
合気。
そう呼ばれる技術だ。紅蓮の華奢な体には脂肪が存在も含有もせず、全ては筋肉で構成されている。
「が……?」
いわゆる武術の素養があった。護身術程度の嗜みは男の娘における護身術……あるいは処世術とも呼べる。
「出来れば僕のことは諦めてくだされば……」
ここには久遠が居ない。別段久遠に付き従っているわけでも無いが、人間不信は五割増しだ。妙見の能力もある。
「男子生徒が何を以て紅蓮にアプローチしたのか?」
その程度は汲み取れる。
「可愛い顔はしてるんですけどね」
心の中でそう呟く。
「オン・ソチリシュタ・ソワカ」
再度心の中で呟いた。組み伏せた男子生徒を解放した後、部室に戻る。其処には声を震わせる生徒が居るのだ。
「どうだった?」
開口の一番がソレだった。是空だ。
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