第29話:好きな人の好きな人には好きな人がいる04
「幸いにも部室棟の部屋は開いているみたいですし、正式に部活を創っちゃおうじゃありませんか」
「兄さんはどう思います?」
「他人が……居ないなら……大丈夫……」
「ふむ」
紅蓮が悪く思っていないなら久遠にも一考の余地はあった。久遠……烏丸茶人も別に支障があるわけでもない。基本的にパソコンで執筆しているが、学校では文章を記録したりプロットを煮詰めたりにスマホを使っていたりもする。どちらにせよ作業が滞ることも無いので学内で紅蓮とイチャイチャ出来るのは都合が良いとも言える。紅蓮にしろ久遠にしろ……その御尊顔があまりに貴びすぎているため二人は仲睦まじい兄妹を演じて毎度イチャイチャし、つまり他者を遠ざける異空間の構築を旨としている。
「私が部長ですか?」
「先生が適任かと」
そう云う意味では先述したが悪くないのだ。
「サークル活動なら部費は調達できませんが三人から始められるそうで」
紅蓮。久遠。是空。三人だ。
「俺は?」
「甲子園を目指して」
和やかに毒を吐く是空だった。
「マネージャーやってくれよ」
「ちゃんとマネージャーくらい居るって」
紅蓮の嘆息。完全に是空は八聖を恋愛対象と見ていない。その虚無感は心を捉える。刺すような気持ち。出血する感情。偏に形而上的殺人だ。
「無明……」
「――――」
その声が著しく紅蓮の胸を締め付けるのだ。
「紅蓮さんも良いよね!」
「はぁ。まぁ」
ぼんやり肯定。久遠と一緒に居られるなら学内も学外もあまり関係ないとは言える。精神の拠り所が欲しい紅蓮にしてみればベタベタに甘えさせてくれる久遠の存在は依存性薬物中毒のソレにも近い。尤も、
「執筆は出来ないのですけど」
も本音ではあるが。
「それはサークル設立者のアドバンテージってことで」
「いいのでしょうか?」
コクリと首を傾げる。その仕草だけでも愛らしい紅蓮。
「大丈夫だって。先生が守ってくれますよ」
「そうなのですか……?」
「兄さんに他者を近づけさせないとの意味ではその通りです」
断固とした言葉。
「当然是空と八聖にも距離を取って貰いますよ?」
「先生は意地悪です」
「私は兄さんと居られれば良いだけですから」
「先生~……」
「顧問が必要ですね」
「回向先生でいいのでは?」
執筆部。文芸部と活動模様は然程変わらない。少し能動的と言えるが本質は目くそ鼻くそだろう。
「回向先生……」
紅蓮が呟き、
「引き受けてくれるか?」
八聖が疑問を提議した。問いは正しい。文芸部の入部希望者が殺到している段階で回向教諭が新しいサークルの顧問になることへの異議提唱だ。
「熱した鉄は冷めるのも早いから」
『基本的に文芸部の入部希望インフレーションは神通兄妹のネームバリューに依るモノで、一過性の現象である』
その通りではあった。その心中を回向教諭に伝えると、
「生徒の自主性を尊重する意味では喜んで引き受けさせていただきます」
との御回答を得た。
顧問はソレで決まったが、
「では回向先生」
と部長の久遠。部員である紅蓮と是空と八聖は後ろに控えている。
「入部希望者にはテストを課してください」
「テスト……ですか」
発言は久遠だが提議は是空の先述だ。
「執筆部は小説の執筆を旨とする部活です。執筆活動の出来る人間以外を迎え入れること適いませんし、所属されても迷惑なだけです」
「それは……ですね」
「なので文章を綴った作品の提出を条件に、なお顧問の先生から妥当性を引き出し、その上で部長である私が認めた小説執筆者のみを受け入れる方針をとりたいと思います。如何でしょうか?」
「何様って感じですね」
まったくその通りなのだが、皮肉なことに久遠はプロ作家である。
「引き受けていただけますでしょうか?」
「ええ。その程度なら」
「ではよろしく」
慇懃に久遠は一礼した。こうして部員四人の執筆部サークルが勃興したのだった。噂が噂を呼び入部希望者多数だったが、先のテストが登竜門となってソレらを切って捨てた。元より紅蓮と同じ空間にいるための愛妹の非情処置であったため、仮に、
「売れる作品」
を書いてこようとも部長審査の段階で落とされるのが関の山ではあるが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます