第27話:好きな人の好きな人には好きな人がいる02
「…………」
紅蓮は動悸を荒くした。八聖が是空と知り合いなのは知っている。その上で八聖の慕情が何処の方角を向いているのかも。が、皮肉にも心地よい。紅蓮を見て、
「はあ」
で済ませてしまう八聖の打算の無い声はある種の天然記念物だ。
「部活決めたか?」
紅蓮も久遠も眼中にあらず、八聖は是空に疑問をぶつける。
「今はまだ何とも」
「俺さ、野球部に誘われてんだ」
「だろうね」
紅蓮と久遠は知らないが八聖はスポーツにおいても巧者だ。
「マネージャーしねえ? 甲子園目指そうぜ?」
「一人で行ってらっしゃい」
ヒラヒラと是空は手を振った。
「オン・ソチリシュタ・ソワカ」
紅蓮は心中印を切る。厄介な事情ではあるが、大凡の把握は出来る。
「よくもこれだけ拗れる物ですね」
とは心中の言葉だが、あくまで妙見の紅蓮であるが故の心境であって、他三人はあまり視界が広いとは言い難い。
「じゃあバスケ部か?」
「サッカー部でもテニス部でも好きな部活に入れば?」
「そう意地悪言うなよ」
八聖は困ったように苦笑した。
「では先生。紅蓮さん。仮入部に行きましょう」
目指すは文芸部だ。
「あ? 部活?」
「仮入部。聴覚大丈夫?」
是空は八聖にあまりに素っ気ない。恋慕の方向が憧憬と尊崇に混じり合っている。つまり有り得ざるベクトルを獲得しているのだが、それに八聖は気付いていなかった。
「何処だ?」
「文芸部」
「そんな地味な部活に入るのか?」
「本を読むだけの簡単な部活ですから」
手に持った『無頼の根源は妹に在り』……通称ブラコンの作者直筆サイン本を掲げて是空は言った。
「活字は苦手なんだよなぁ」
現代文で高得点を取っている人間の発言では無いが、娯楽と勉学は並列しないとの一例ではあろう。
「別に無理して付き合う必要も無いでしょ」
是空はけんもほろろらしい。
「行きましょう。先生。紅蓮さん」
「はい」
「ええ」
文芸部の仮入部。文化系の部室は別棟に在り、細々とした部活を運営している。空き教室も見られたが、とりあえずは文芸部の部室をノックする。
「どうぞ」
と声が聞こえた。紅蓮と是空は聞き知っている。
「失礼します」
と久遠が扉を開けて、他三人がソレに続く。
「入部希望者ですか?」
「いえ、覗いただけです」
部室にいたのは教諭だった。回向教諭。紅蓮と是空の担当教師。一人パイプ椅子に座って簡素なテーブルに向かって本を読んでいる。ある程度広い部室に回向教諭一人……とざっくばらんな部屋模様はいっそ憐れみの令である。
「部員は?」
「いません」
即答。
「今年最後の部員が卒業して廃部の危機です」
回向教諭はそう云う。
「部員の居ない部活の顧問を?」
「一応学校成立と同時にあった歴史在る部活ですので廃部にするのも心苦しい学校側の配慮ですね」
涙を誘う状況だった。
「ここに来たって云うことは期待しても良いのでしょうか?」
「いえ、入部体験したいだけですので」
この辺りの交渉は久遠に一任されている。特に紅蓮は戦力にならない。
「読書が趣味ですか? それとも執筆?」
「…………」
珍しく快刀乱麻を旨とする久遠が躊躇った。
まさか、
「プロ作家です」
とは言えまい。そのため、
「暇潰し程度の目算で部活を探しているだけですよ。大学に行くにも部活動に励んだ方が有利ですし」
何時もの調子を取り戻す。
「是非とも文芸部に入部してくれると先生は嬉しいかな?」
「仮入部で」
そんなわけで紅蓮たちは文芸部に仮入部するのだった。
「じゃあ活動をしましょう」
廃部寸前の所で一時的に息を吹き返した文芸部の顧問……回向教諭が茶を供給して仮入部した四人にそう云った。
「俺はなぁ」
とは八聖の言葉だ。本音では、
「体育会系に入りたい」
と漏らしていたが全員スルー。
「勝手にしろ」
とは久遠と是空の見解だ。とはいえ八聖は是空が一緒でなければ部活動も彩を失うのだろう。その程度は妙見の範疇だ。
「えへへぇ」
と回向教諭は生徒たちを見やって相好を崩す。部室に生徒が居るだけでも華やかさがあったのは否定できない。
紅蓮は茶を飲んで天井のシミを数える。
久遠はスマホで小説の執筆。
是空が読書で八聖は肩身の狭い思い。
「正式に入部してくれないかな?」
ニコニコ笑顔の回向教諭。
「あう……」
紅蓮には畏怖の対象。
「状況を読んでからですね」
これは久遠の言葉。その意味を理解しているのは久遠一人だが。回向教諭が首を傾げる。
「何か問題が?」
起きた。
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