第26話:好きな人の好きな人には好きな人がいる01
概ねの新入生の取り扱い。曰く、
「人材発掘」
上級生にとってはそんな所。
何のことか。部活の勧誘である。
一般的に部活に入るも入らぬも自由ではあるが、こと今年に於いては事情が違った。ウェストミンスターチャイム。鳴り響くビッグベンの残響を耳に、放課後のホームルームが終わる。
「それでは先生は退散します」
一年一組の担任である回向教諭は嘆息して教室を出た。放課後である。同時に、
「神通さん!」
複数の声が紅蓮を呼ぶ。突撃するように上級生が雪崩れ込み、一種のホラーとなっていた。特に人間不信の紅蓮にはキツい案件だ。
「はあ……?」
小動物のようにオドオドしながら対応する。
「サッカー部に入らない?」
「いやバスケ部に!」
「ばっか! こんな可愛い子がスポーツできるか! 考古学に興味ないかな?」
「是非麻雀サークルに!」
「野球部のマネージャーしてくれ! 甲子園に連れてってやるから!」
「チアリーディング部が良いっしょ? 可愛いから栄えるよ!」
怒濤だった。言っている意味は分かるが、心が受け止められるかは別問題だ。声に含まれる劣情の波に紅蓮の弱い心は手折られるかのようだった。
「そこまで」
凜とした声が響く。琴を弾くような声。その浸透力如何な物か。
「…………」
紅蓮を取り合っていた上級生たちがピタリと鳴り静まり、声の支配下の元で黙殺された。視線が廊下に向く。黒髪黒眼の大和撫子。紅蓮をして究極と思わせる美の再現。実の妹である神通久遠が場を諫めた。
「兄さん相手に無理矢理は止めてください。怯えているでしょう」
ギュッと紅蓮の腕を抱きしめて久遠が威嚇した。入学式から休日を経て最初の月曜日。これから一週間は部活勧誘に上級生が勤しむ期間だ。
「――――!」
さらなる喝采が起こる。
「姉妹で一緒に!」
「妹さんも可愛いね!」
「ていうか兄さんって?」
「姉さんと言い間違えたんだよ!」
場はカオスとなった。まだ入学から幾日も経っていないため紅蓮を見て男子生徒と取れるのはクラスメイトと誤解を修正された一部の同級生程度だ。上級生にとっては嫋やかな一輪の花である。白銀を溶かして染め上げたような髪にエメラルドに例えられる瞳……鼻筋の通った絶句を催す美少女顔に女子制服を完備とも為れば誰が紅蓮を男子と信じようか。
「四の五の言わずに解散してください。場合によっては生徒指導の先生に鎮圧を申し出ても良いんですよ?」
鶴の一声。しぶしぶ紅蓮の勧誘を諦めて去る上級生たちだった。
「ありがと……久遠……」
はにかむ紅蓮はいっそ殺人的に愛らしい。久遠は目眩を覚えた。偏に濃い血で繋がっている生まれたときから一緒に居た異性。その美貌と華奢な精神性は特筆に値する。実兄ではあれど愛さずにはいられない。少なくとも久遠にとっては。
「久遠は部活動はどうするんですか?」
「入るつもりはありませんよ」
烏丸茶人……仕事をしている身だ。一応学校側にも理解はされており、学生で在りながら社会人としても活動している。名刺まで持っている始末だ。
「兄さんが入部するならそこに行きますけど」
「ん……」
しばし悩む紅蓮。基本的に人間不信がデフォであるため、部員関係は地獄の一言だ。仮入部すらも苦痛の一言。
「先生!」
そこの紅蓮の愛すべきクラスメイトが妹御に声をかけた。茶髪パーマの今時の女子高生。名を是空無明との女子だ。
声に込められた愛の感情は紅蓮をして微笑ましさを抑えきれない。純情にして明鏡。止水にして憧憬。妙見から読み取れる感情は紅蓮の心を軽くする。
「先生は何処の部活に入るんですか?」
「入るつもりはありませんよ」
久遠は仕事と紅蓮が居れば心丈夫なんて様子だ。
「先生なら文芸部も諸手を挙げるのでは?」
「今更アマチュアに混じれと?」
ライトノベルのモンスタータイトル……『無頼の根源は妹に在り』の作者である久遠にしてみればセリエ∀であるのは確かだ。
「せめて仮入部だけでも!」
パンと一拍して拝み倒す是空。
「兄さんはどう思われます?」
「仮入部くらいなら……」
意外に積極的だった。これは自身の感情の発露ではなく久遠を尊敬する是空に感銘を受けた結果だ。部活に入るのはハードルが高いが、是空の、
「烏丸茶人先生と一緒の部活に入りたい」
なんて願望の汲み取りだ。
「仮入部で良ければ……」
紅蓮には甘い久遠である。三者三様に愛らしいから、色々と注目もされる。
そこに、
「無明」
と男子の声が是空を呼んだ。ファーストネームの呼び捨てだ。
「おや刹那」
黒く爽やかな短髪にこちらも爽やかさを宿した黒瞳。なんというか才色兼備のスポーツ少年な様子。ついでに入学式で総代を務めた勉強巧者でもある。
八聖刹那。
そう云った名だ。
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