第25話:烏丸茶人のブラコン15
「じゃあこのアイラビューオムライスとコーヒーのセットで」
「承りました」
伝票を切る紅蓮。キッチンに注文を出そうとすると、
「ね~え?」
スカートを掴まれた。メイド服の……である。
「ふぇ……」
困惑する紅蓮。顔が朱に染まる。
「離して……ください……」
「シスターズ喫茶で働いてるって事はソッチ系でしょ?」
「ソッチ系?」
所謂ガールズラブや百合に相当する状況だ。
「お姉様って呼んでみて?」
「お姉様……」
「可愛い!」
そう言って客の女性は紅蓮のスカートをバサッと景気よく外界に晒した。
「ふえぇ」
恥ずかしがる紅蓮。その穿いているスパッツには確かな膨らみが。
「え?」
客が困惑した。それはそうだろう。シスターズ喫茶は男子禁制なのだから。
「あう」
短いスカートを押さえつけて恨みがましく睨む紅蓮。
「男の娘……?」
「はい」
「そんなに愛らしいのに?」
「男……です」
他に言い様がない紅蓮だった。
「はいはい」
そこに久遠が割って入る。
「お客様」
メイド服をバッチリ着こなしている。
「店員へのセクハラはマナー違反です。どうか御自重を」
そして紅蓮の書いた伝票を持ってキッチンに消えていく。ついでに紅蓮も。
「男の娘……」
ポツリと客が呟くと、
「「「「「――――!」」」」」
他の客が興奮のるつぼと化した。
「あう……」
紅蓮はほとほと困るばかりだ。
「兄さん?」
「何でしょう?」
「気を許してはいけませんよ?」
「はい……」
他に言うべき事もない。それからイソイソと紅蓮はメイドに徹するのだった。
『銀髪碧眼の美少年メイドが現われる』
シスターズ喫茶にはそんな伝説が流布されたが、紅蓮には、
「勘弁してください」
に終始する案件でもあった。
「こっちに銀髪メイドさんを!」
とは紅蓮を見た客の反応で、
「こっちは黒髪のメイドさん!」
とは久遠を見た客の反応。
「こっちは茶髪のメイドさん!」
これは是空の指名だ。
「はわわ」
「あうぅ」
「ひゃあ」
かしまし娘は超過勤務に当てられることになった。
「可愛い!」
悪意なく女性客が紅蓮を褒める。
「恐縮です……」
紅蓮には畏怖の対象だ。
「男の娘なんでしょ?」
「です……」
「お姉さんに興味ないかな?」
「…………」
言葉としては無言を選んだが、
「久遠に刺されますよ」
ソレが紅蓮の本音だった。
「銀髪ちゃんを御願い!」
また別のテーブルで指名が入る。
「それではお姉様。僕はこれにて」
慇懃に一礼して接客を移る。
基本的に秋葉原デートの概要はそんな感じだった。
「しばらく秋葉原はいいですね」
まっこと自然な紅蓮の感想である。メイド服を着るのは自分を着飾りたい紅蓮の性癖に則っているが、他者に対応するのは別の話である。
「大丈夫でしたか兄さん?」
その性質を知っている久遠が不安げに尋ねてくる。
「何とか……ではありますが」
紅蓮は苦笑した。それから三人は臨時アルバイトを終えて帰路についた。
「先生にお姉様って呼ばれるのもいいですね」
そんな是空。
「興奮冷めやらず」
そういった感想だ。
「あなたは平常運転ですね」
久遠はジト目で批判する。
「先生!」
「何でしょう?」
「私のことも兄さんと……」
「いい加減諦めては?」
返答はコンマ単位。
「あふん」
悶える是空だった。
「久遠は是空さんを大事にすべきです」
「何故ですか?」
「少なくとも僕よりは未来がありましょう」
「無いですよ」
サクリと久遠は断じた。一片の容赦も無い。切断にも似た言葉。
「近親相姦の重さは分かっているので?」
「知っていますとも」
「同性愛はまだしも寛容ですよ?」
「それも理解程度はしていますよ」
「その上で?」
「その上で」
久遠の言葉に遠慮や憂慮はなかった。
「ですか……」
春の夜の夢の如し。その通りに涼やかな風に声を浚われる。他の言葉が思いつかないあたり、久遠ほど紅蓮は恵まれていなかった。
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