第22話:烏丸茶人のブラコン12
オタクショップ。獅子の穴。久遠が目的としているのは其処だった。今日はブラコンの新刊発売日。獅子の穴でフェアをするので久遠は売れ行きを見守りたいのだろう。その辺は紅蓮も愛らしく感じている。タワー型に建てられたブラコンの新刊。見るだに憧憬とドン引きの両立する光景だ。
「ところで先生」
とは是空の言。
「作者が顔出しして良いんですか?」
「一応公式では私の顔は露出されていないはずですから。誰も気付きませんよ」
「先生お可愛いのに……」
「だからです。思春期の頃からこっちに幻想を持って接してくる人間の業には辟易です。これが全国にともなると想像だにできません」
その通りではある。紅蓮と比較してなお勝る美少女だ。久遠は顔立ち整っているしプロポーションも良く尚全体にほっそりとしている。顔出しなどすれば一発でアイドル扱いだろう。自尊と言うには具体性のありすぎる自己評価だった。
「けどすごいですね。あのタワーの新刊が全て売れるんですよね?」
「買ってくださると嬉しいのですけど」
チラリと久遠は紅蓮を見やる。紅蓮は微笑んで久遠を撫でる。
「新刊も面白かったですよ」
碧の瞳に優しさが宿っていた。獅子の穴の客はそんな三人をチラチラ見やる。フリフリのロリータファッションの男の娘こと神通紅蓮。ジャケットにジーパンの神通久遠。春らしいジャンパーにスカートを穿いた是空無明。三人ともに想像を絶する美少女だ。それは人目も引くし興味持たれる。
紅蓮と久遠は互いにサブカルが趣味だと知っていたが、是空もあまり忌避感は無いらしい。同人誌をパラパラと読んで元の位置へ……を繰り返していた。
「アニメの二期はどうなったのでしょう?」
声を潜めて紅蓮は問う。ブラコンは某出版社から出る看板タイトルだ。一度アニメ化もしており、二期の話も来てはいた。
「悩んでいます……」
「良いご縁でしょう?」
紅蓮も少しだけ触れたことがあるが、ライトノベルに於いてアニメ化は一種最大の宣伝行為らしい。金銭に頓着しない久遠であるから別に本が売れようが売れまいが気にはしないのだが、此処に社会的ステータスが重しとなる。
烏丸茶人。
そのネームバリューだ。
「烏丸茶人先生監修の脚本なら素敵なアニメが出来る」
そんな期待はエゴサーチで目にする久遠である。実際に一期では烏丸茶人こと久遠がオリジナルで書き上げた脚本回もあったのだが、総じて好評だった。
「嫌に有能だね」
と紅蓮などは苦笑する。こと文章を綴ると言うことに関しては常識の埒外にいる久遠ではあった。
「神様の言葉を代筆している」
編集部ではそんな過大な評価を受けている。久遠にしてみれば、
「兄さんとしたいことを十八禁にならない程度で再現しているだけですけど」
と相成る。特に流行り廃りを気にしているわけでもなく、妹ブームに乗っかったわけでもなく、それでいながら大ヒットする小説を作り出す。一種の天才だ。その小説の取材のために一等地の分譲マンションを買って兄と二人でイチャイチャするなんて云うのだから、どこまでも突き抜けているブラコンではあった。
「可愛い久遠です」
と紅蓮などは茶化す。
「ともあれアニメ化となれば時間を拘束されますし……」
勉強できる時間が減る。それは確かだ。学生作家においては深刻な悩みでもある。
「そのあたりを僕は心配していないんですけど」
「兄さんに甘える時間が減るじゃないですか」
「そっちですか」
カクンと首を脱力。元より酷くブラコンを患っているため規定事項ではあるのだが。
その間にもブラコンの新刊は瞬く間に売れていく。
「兄さんを好きになれるのは妹だけ! だって妹だけにしか兄さんは兄さんじゃないんですから!」
そんなキャッチコピーも上々らしい。アニメ一期のブラコン……そのヒロインがモニタの中高らかと叫んでいた。
「ふわぁ。理論ちゃん」
その映像を見て是空が大興奮。
「本当に是空さんはブラコンが好きらしい」
苦笑する紅蓮。久遠も多少の違いはあれど似たようにはにかむ。
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