第20話:烏丸茶人のブラコン10


「に・い・さ・ん?」


「うあー」


 入学式から数えて初めての休日。紅蓮は久遠に起こされた。


「朝食が出来ていますよ?」


「ありがたいです」


 首肯して意識を現実と擦り合わせる。裸エプロンの久遠が居た。


「また久遠は……」


 遠大な溜め息をつく。


「えへへ。兄さん」


 久遠は紅蓮の手を取ると、自身の胸に押し付けた。ムニュッと。


「くーおーんー?」


「何ですか兄さん?」


「いい加減兄離れなさい」


「血で繋がっているのにですか?」


 然も当然。


 久遠の声はそう言っていた。妙見。それで読み取る紅蓮。本当の本気で久遠は紅蓮に惚れきっているのだ。


「兄さんに惚れている」


「兄さんに愛して欲しい」


「兄さんに処女を捧げたい」


 かくも憂いのない兄妹愛はさすがに他には無いだろう。ブラコンであることを差し引いても頭痛の種ではあった。


「とりあえず朝食を取りましょう」


 そんな妹の声で事態は進行する。


 朝食のメニューは白米とボイルドウィンナー……それから豆腐の味噌汁だった。


「どうですか兄さん?」


 ドキドキしながら尋ねる久遠に、


「美味しいですよ」


 心からの賛美を。


「あは」


 と幸せそうにはにかむ久遠。元の美少女性と相まって魅力度満点だ。


「久遠は可愛いですね」


「ふえ……?」


 ボッと赤面。


「ふえええ……?」


 真っ赤になったまま久遠は紅蓮の真意を探る。とはいえ紅蓮には、


「春の日差しが暖かいですね」


 と同義なのだが。


「兄さんは私に惚れていますか?」


「いいえ」


 否定。にべもない。


「でも可愛いって……」


「久遠は可愛いですよ」


「ふえ……」


 赤面に紅潮を重ねる。


「そうでもなければ靴箱テロは起こらないでしょ?」


「そーですけどー」


 不満らしい。妙見。承知はしているが、だからといって応える気も無い。


「今日はイチャイチャしましょうね?」


「そこに反論はないのですけど」


 紅蓮と久遠。二人揃って美少女だ。表面的に見れば……ではあるが。だから紅蓮は久遠を、久遠は紅蓮を、それぞれ必要としていた。朝食をとり終えて、紅蓮は私室に籠もる。桃色の布をふんだんに使ったロリータファッション。それが紅蓮の衣装だった。着替えて姿見で確認。愛らしい美少女が鏡に映る。


「あは」


 満足そうな笑みを漏らす。女装癖は紅蓮の業だ。自分を可愛く着飾ることに熱量の大半を割いている。頭にはピンクのカチューシャ。もはやどこからどう見てもフリフリロリータファッションの美少女だった。銀髪碧眼も神秘性の幇助に一役かっている。


「兄さん可愛い!」


 私室に入ってきた久遠が紅蓮に飛びつく。


「久遠……」


 紅蓮にとっては唯一の理解者だ。


「僕は可愛いですか?」


「とても。とっても」


 その声に欺瞞はなかった。


「さすが私の兄さんです」

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