第18話:烏丸茶人のブラコン08
「久遠さんが烏丸先生なんだよね?」
「そう言いました」
「と云うことは烏丸先生がブラコンで……」
「さいです」
「私に『兄さん大好き!』って囁いていたって事ですよね!」
その解釈はどうだろう?
そうは思うが紅蓮は口にはしない。紅茶を一口。
「引かないんですか?」
言葉にした久遠の方がむしろ引いていた。
「引いたりしません! むしろこんな愛らしい妹が他にいましょうや!」
「えへへ……」
直球ストレートの賞賛に照れる久遠。ブラコンをこじらせている人間の兄への愛を肯定されれば、それは勇気になりはするだろう。
「先生が紅蓮さんとやりたいことを小説の中でやっていたんだね」
「ええ」
「ということは……先生は生理論ちゃんだよね」
その解釈もどうだろう?
紅蓮は心中ツッコむ。
「私のことは兄さんと呼んでください!」
鼻息荒く現実と架空の混同視を患う是空であった。
「嫌です」
むしろサッパリとした笑顔で即却下する久遠。
「私にとって兄さんは兄さんしかいませんから」
「むぅ……」
半眼で睨まれる。
「僕が何か?」
紅蓮はすまし顔だ。大凡は把握しているが、さりとてここで整理しても拗れるだけだろう。しょうがないのでスルーを取る。
「とりあえずはサインですね」
久遠は仕事部屋に姿を消した。
「生理論ちゃんから何時も兄さん兄さん言われてるの?」
「そうなるのでしょうか……」
「その……付き合っているんですか?」
「さすがに兄妹で付き合えるほど道徳は破綻していませんね」
「けれどもブラコンの内容が先生の妄想なのなら……」
「それは……久遠は僕が大好きですし」
「ズルいです……」
「兄は妹を選べませんから」
他に言い様が無く紅蓮は述べた。そこで久遠が戻ってくる。
「はい。どうぞ」
見本本を手渡す。まだ書店に並んでいない希少品。なおかつ作者直筆のサイン入り。
「っ」
安直に感動。
「家宝にします!」
そゆことらしい。
「妹にとってしか人は兄さんという地位を確立出来ないんです」
「わかります! 妹在るが故に兄在りと申しますか」
「その通りです。そして兄と妹は血で繋がった何より濃い絆を勝ち得ます」
「ですから理論ちゃんは論理立てて兄を籠絡するんですよね」
「はい。ですから兄さん」
こっちに振らないでください。
そう云いたかったが紅蓮は紅茶を飲むに留める。
「私を抱いてください」
「おとといきやがってください」
「あふん」
崩れ落ちる久遠だった。
「烏丸先生では駄目なの?」
「先にも述べました」
すまし顔で紅蓮は茶を飲んだ。それから三人でブラコンについて語っていると、日もとっぷり暮れる。徐々に昼は長くなるが、それでもまだ春らしい日没だった。
「今日の所はコレで。紅蓮さん?」
「何でございましょうか」
「送ってください」
「…………」
速やかに目を細める紅蓮だった。碧色の瞳は、
「何故?」
と語っている。そしてその通りに確認した。
「日も暮れましたし」
それが答えだった。
「どうも」
と紅蓮は観察する。
『空気が読めない』
「そんな女子らしい」
と。声から感情を見通すに悪意の類は感じられないが、警戒には値する。久遠の方も意図を探るように是空の瞳を覗いていた。
「男の子と一緒なら安心できるし」
タンポポの様に是空は笑む。空気が読めない分、純粋ではあった。むしろ因果としては逆であろうか。
「駄目なの?」
「ではないですけど……」
「なら決まりっ」
「兄さん!」
「呼んだ?」
反応したのは是空だ。
「あなたは私の兄ではないでしょう!」
「理論ちゃんは私を兄さんって慕ってくれるんだけど」
「私の私の私の兄さんのことです」
「なぁに?」
「私以外の女子になびかないでください!」
「そんなつもりは無いよ」
「っ!」
睨まれる。
「あー……」
銀髪を弄る。シルクよりも綺麗な銀色の繊維だ。
「少なくとも是空さんになびくことはしませんから」
「本当ですか……?」
「ええ」
慈しむような紅蓮の言だった。
「はぅあ!」
身悶えたのは是空。久遠の嫉妬が可愛かったらしい。
「私のことも兄さんと……」
「寝言を申さないでくれますか?」
「はぅあ!」
やはり身悶える是空だった。
「それでいいんでしょうか?」
紅蓮はその辺の定義に不安を覚えるが、
「久遠と是空はあまり自認もしていないらしい」
ので沈黙を選んだ。紅茶を飲み干して立ち上がる。
「では……」
ゾクリと寒気が奔る。
「送りましょう」
「痴漢に気をつけてくださいね?」
「紅蓮さんが居るから大丈夫です」
「むしろ兄さんに言ったのですけど」
「怖いこと言わないでくださいよ」
ハンズアップ。実際に電車に乗って痴漢に会ったこともある紅蓮だ。想像するだに業の深いことではあった。そんな感じでこんな感じ。
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