第17話:烏丸茶人のブラコン07
ウェストミンスターの鐘の声。諸行無常の響き在り。
「ん……」
紅蓮は背伸びをした。
「紅蓮さん」
興奮したように是空が近づいてくる。
「約束だよ」
「ですね」
是空を烏丸茶人に会わせる。そんな約束。
「じゃあ一緒に行こ!」
「はいはい」
よくもまぁ、とは紅蓮の心境。他者を遠ざけることには一家言持つ紅蓮のパーソナルラインを踏みにじる是空。そしてソレを許している自分を紅蓮は不思議に顧みるのだった。
「烏丸先生に会ったら何をするんです?」
「サインを貰います!」
何も言うまい。
そんな紅蓮だった。それから廊下で久遠と合流。八聖もその場に居たが、
「邪魔」
ヒマワリの様に笑って断じる是空の笑顔で自重することになった。
「けどこんな急に会えるものなの?」
杞憂ではあるが状況を知らなければ真っ当な憂慮だろう。
「暇してるから」
特に何でも無いと紅蓮は言う。久遠はそんな紅蓮の右腕に抱きついていた。
「久遠さんも烏丸先生を知っているんですよね?」
「ですね」
然もあらん。
「どんなお人柄です?」
「面倒くさい人です」
苦笑。あるいは苦笑い。嘲りにも似た笑みであった。
「急に押しかけて怒られたりは……」
「その心配はありませんよ」
「そんなもので?」
「あります」
首肯する紅蓮と久遠だった。
「お二人は何時も烏丸先生と?」
「有り体に言えば」
特に自慢できる事柄でもないが、
「凄いです」
是空は茶の瞳をキラキラ輝かせた。こういうところは純情な乙女を思わせる。
「会って幻滅しなければ良いけどね」
紅蓮が苦笑を零す。
「読者が一人失望したとて構わない案件でしょう」
久遠も苦笑。そんなこんなで紅蓮たちは一つのマンションの前に立った。
「ふお……」
と是空。少しへっぴり腰。一等地の高級マンションだ。庶民にしてみれば気後れもするだろう。是空自身が庶民かは別問題。認証で鍵を開けてマンションに吸い込まれる。それからタワー型マンションの上階までエレベータを使う。施錠された玄関を開けて中に入る。それも紅蓮と久遠はそそくさと。
「合い鍵かな?」
そんな是空の言。間違いではあるが手元の材料から判断すれば合理的でもある。是空をリビングにもてなした後、神通兄妹は二人揃って私室に消え、私服を着て顔を出す。特に気張った服装ではないが、外に出ても問題ない程度の範疇。
「あう……」
是空はリビングで正座をしながら烏丸茶人との邂逅に備えている。
「さほどでもないけどね」
とは紅蓮の感想。久遠がキッチンに立って紅茶を淹れ、自身を含めた三人に振る舞う。
「あの……それで……」
とは是空。
「わかってる」
紅蓮が頷いた。それからサラリと手の平を差し出して久遠を捉える。
「…………」
久遠は無言だった。
「こちらの神通久遠が烏丸茶人なんだよ」
そういうことである。
「久遠さんが……烏丸先生……?」
「ええ」
カップを受け皿に戻して久遠が頷いた。
「ブラコンの作者?」
「ええ」
やはり達観したように頷く。春の季節にジョークは似合うが、仮にそうなら最大級ではあろう。少なくとも是空にとっては。
「じゃあ……ブラコンは……」
『無頼の根源は妹に在り』
その作品は……、
「私の妄想の塊ですね」
サラリとスルリとぶっちゃける。久遠は兄である紅蓮を想っている。血の繋がった兄を……である。けれどもソレは国際社会では許されない恋慕の形だ。性欲と同じく何処かで発散せねばならない。その手段に文筆があった。残念ながらブラコンは重版に重版が掛かるモンスタータイトルとなったが、その根源は神通久遠の神通紅蓮に対する異常なまでの兄妹愛……ブラザーコンプレックスの出力の成果だ。
「何故マンションで二人暮らしなのか?」
も、
「小説の取材」
なんて名目の、
「兄さんと人目のつかないところでイチャイチャ出来る」
を下地としている。
「えーと……」
それは是空の方は困惑の一つもしようものだろう。まさか大作家先生たる烏丸茶人が同級生でブラコンをこじらせてブラコンを書いているともなれば。
「失望しましたか?」
久遠が聞いたのは別に憂慮の物ではない。
とかく、
「兄さん大好き」
とのグレニズムであるため、他者の意見を必要としない。懸念でも気負いでもなく……ただ単純に、
「どうか?」
と聞いただけだ。紅茶を一口。
「えと……」
グワングワンと脳みそを揺らした後、是空は、
「サインをください!」
と宣った。
「へ?」
と久遠。
「…………」
紅蓮は静かに紅茶を飲む。妙見。是空の感情に嘘が無いのを見て取る。
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