第14話:烏丸茶人のブラコン04


 入学してから初の体育の時間が来た。一組と二組の合同だ。男子は一組で着替え、女子は二組で着替える。紅蓮は残留。是空は二組へ移動。久遠が二組に残留で、八聖が二組から一組に移動。


 言うまでもないが紅蓮は黒のセーラー服を着ている。スカート完備の徹底ぶりだ。一組のクラスにいる男子の視線釘付けである。


「…………」

 

あまり気にする紅蓮でもないが。スカートを纏ったまま体操服の下を穿く。それからスカートの締め付けを解放してパサッと落とす。セーラーを脱いでシャツの姿に。


 パシャリ。


 シャッター音が響いた。


「っ」


 紅蓮が怯える。男子生徒の一人がスマホのカメラを紅蓮に向けていた。


「おい止めろよ」


 常識を口にしたのは八聖だった。紅蓮にカメラを向けた生徒に間合いを詰める。


「データ消せ」


 正義の体現。いとも容易く生徒のスマホを奪って画像データを消去する。


「何だお前」


 盗撮の生徒は不満そうだ。


「神通に惚れてんのか?」


「盗撮した奴に言われたくねえよ」


 ご尤もだった。


「神通さん」


 八聖が紅蓮を呼ぶ。


「…………っ!」


 慈しみの言葉。心を砕く言葉。紅蓮をして性的に興奮させる魔法の言葉。


「俺が壁になるからとっとと着替えろ」


 紅蓮をして何とも思わない男子。あまりに希少で貴重。


「ごめんなさい……」


 体操服の上を着ながら紅蓮は謝罪する。潤んだ碧眼はあまりに破壊的だったが、八聖に思うところは無いらしい。


「別に」


 とあまりに素っ気ない態度。


「ていうかなんで女子制服なんだよ?」


 今更だ。形而下として紅蓮は男である。


「可愛く着飾りたいから……」


 銀色の髪をシュシュで纏めながら紅蓮は言った。銀色の髪。碧色の双眸。男の娘。そうではあるのだ。


「八聖さんは……優しいですね」


「男に欲情するほど零落れてはいねぇな」


「あは」


 素直に笑う。久遠とも是空とも違う立場。着替える八聖に興奮する紅蓮だった。


 本当にどうかしている。


「神通」


 そう呼ばれるだけで興奮してしまう。基本的に他者に何かを期待することを忘れていた紅蓮だったが、春に萌芽にも似た感情を覚える。ある種の皮肉だろう。


「自分を想わない男子をこそ想う」


 などの紅蓮の在り方は。一種の失恋を前提とする慕情である。紅蓮にとって紅蓮に興味を抱かない人間をこそ愛おしいとはある種の自傷行為だ。分かっていて改める気が無いのも救われない。無論口にもしないが。


「お前さ」


 とは八聖。


「はい」


「無明とは……どうなんだ……?」


「と申されましても……」




『他人』




 コレに尽きる。


「一緒のクラスだろ?」


「ですね」


 そんな事を言ったら三十人強の人間がクラスメイトなのだが。


「あいつは少し変わってるからな」


 理解はあるらしい。


「お前は在る意味で正道だ」


 ほとんど侮辱に域に達してはいるが顧みて反論は浮かばなかった。紅蓮も是空のことは妙見の範囲内では処理しているつもりだ。


「大丈夫ですよ」


 だから微笑む。


「僕には想う人がいますから」


「あー……」


 少し悩むような八聖。


「神通さん?」


「どうでしょう?」


 クスッと笑う。


 碧眼に宿るのは小悪魔のからかい。その蠱惑的な瞳は八聖をして赤面せしめた。


「あんまりそんな雌の顔をしてると襲われるぞ」


「八聖さんになら……って言いましたら?」


「酷く勿体ないが遠慮しておく」


 衆道に興味なし。


 そう声が言っていた。


「格好良いですね八聖さんは」


「色々と幻想を持たれるがな」


 それは紅蓮にもよく分かった。元よりその程度は日常茶飯事だ。


「あう」


 興奮に股間が疼く。春風の様に爽やかな声はどうしても心を穿つ。糸し糸しと言う心。恋慕の芽生えはこの際思春期の業でもある。もっとも紅蓮はハナから諦めている節もあるが。基本的に排他的に自己に籠もるを信条としているが故の弊害だ。


「ほら行くぞ」


 着替え終わった八聖が紅蓮を先導する。向かう先は体育館。春定番の集団行動。紅蓮はあまり得意な方でも無かったが。

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