第13話:烏丸茶人のブラコン03


 形而上的には距離の詰め方がハンパではない。形而下でもプレッシャーを感じる距離感だが。虐められているわけでもないため邪険に出来ない紅蓮の良心がこの際是空に有利に働いた。


「是空さんは烏丸先生のファンなんですか?」


「お慕いしております」


「なにゆえ?」


「理論ちゃんの生みの親だからです」


 理論。ブラコンに出てくるメインヒロインだ。主人公の妹でブラコンと焼き餅を患っている。紅蓮には、


「病院に行きなさい」


 といった感じだが、背景と合わせれば十分魅力的なキャラでもある。


「理論が好きなんですか?」


 確認。


「兄さんを好きになれるのは妹だけ! だって妹だけにしか兄さんは兄さんじゃないんですから!」


 ブラコンに於ける理論の迷台詞だ。まさかそんなキャラが女子に受けようとは。紅蓮にも想像の埒外。


「愛しています」


 それが是空の返答だった。


「何処がでしょう?」


 まず真っ当な質問だったろう。


「私を全力で愛してくれて、ちょっと別の女の子と仲良くしたらヤキモチを焼いてツンツンするところなんか女の子の完成形だと思いませんか?」


「そこが魅力ではありますが……」


 なんだかなぁ。


 そんな本音だった。どうやら主人公(メインヒロインの妹がブラコンである必然男子だ)に自分を反映させて慕ってくる理論に恋をしているらしい。


「百合でしょうか?」


 言葉にせねどもそう思う。別段ケチを付ける気も無いが不安を呼ぶのも一つ。


「そんなわけで私に烏丸先生を紹介して欲しいんだよ」


 グイと距離を詰めてくる。


「えーと……」


 木が囲いに押しやれて伸び悩む。


「僕の口添えで良ければ」


 無下には出来なかった。


「本当ですか!」


「ええ」


 別に財布の中身が減るわけでも無し。握られた手がギュッと更に包まれる。


「ありがとうございます!」


 純粋な謝辞。そこに打算は含まれず、笑顔は春爛漫。


「問題は先生の方だよなぁ」


 とは思えど、多少のスパイスもこの際有用ではある。


「紅蓮さんはブラコンでなら誰が好きです?」


「んー……あまりキャラ萌えで読んではいませんので……。無論のことヒロインが可愛いことには全肯定するのですけど」


「理論をお嫁さんにしたいよね?」


「あー……」


 それは困る。


 言えないあたりが紅蓮にはもどかしかった。責任は紅蓮に帰結しないが。


「やっぱり理論ちゃんと一緒にお風呂に入ったり手を繋いで登校したり……えへへぇ……夢が広がリングだよぉ……」


「…………」


 恍惚とする是空はある種忌避すべき状態だったが、相槌を打つことに終始する。そんなこんなでブラコンについて語り合っていると、


「はい。ホームルームを始めますよ」


 担任が教室に入ってきた。


「あ、そか」


 現実にピントを合わせる是空。


「じゃあ約束の件よろしく!」


 そう言って是空は席に戻る。


「どうしたものか?」


 先からグルグルと考えている思念を言葉にすればそんなところだろう。朝のホームルームが進行する。


「いいのかな」


 他に結論はなかった。

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