第8話:恋慕の目覚めは春と共に07


「まぁまぁそう云わず」


 一拍してラーメンをたぐる是空。


「是空さん」


「無明でいいよ?」


「是空さん」


「むぅ」


 呻く是空。


「なぁに?」


「あの……そちらは……」


 知ってはいる。紅蓮が一方的にだが。


「ああ」


 納得と是空が頷く。


「八聖刹那。私の幼馴染み」


「やひじり……せつな……」


 ポヤッと久遠が繰り返す。


「幼馴染み……」


 少し赤面しながら紅蓮は確認する。


「仰るとおり八聖刹那。よろしく」


「…………」


 久遠は警戒を解かなかった。紅蓮は……、


「あう……」


 八聖の声に興奮していた。基本的に無関心の声だが、それを差し引いても魅力的な声だった。切っ掛けは入学式に於ける総代の答辞。人の声から事情を察する紅蓮にしてみれば、八聖の声は致命傷だ。


 頬を熱く感じていると、


「兄さん?」


 冷気が襲ってきた。


「何でしょう?」


「後でお話があります」


「承ります」


 蕎麦をたぐる。


「そちらは?」


「神通久遠と申します」


「久遠さん……ですか」


「気安いですね」


「同級生だし」


 そういう問題でも無いがそういう問題なのだろう。少なくとも是空にとっては。


「久遠さんもブラコン読んでるの?」


「えーと……?」


 困惑。


 端的に言ってそんな心情。


「そっか。神通……だと久遠さんに支障があるし……紅蓮さんがブラコン読んでるのはシスコンだからかな?」


「……ですね」


 少なくとも心の仮託はしている。依存癖は紅蓮の欠点である。


「ふぅん?」


 試す様に口にする是空だった。視線は久遠へ。


「何か?」


「可愛いね」


「言い尽くされました」


 うんざりと久遠。実際にその通りだ。


「久遠は可愛い」


 兄の紅蓮ですら認める。


「紅蓮さんは久遠さんをどう思ってるの?」


「特秘事項」


 言って誰かが得する情報でも無い。妥協案の誤魔化しだ。


「ならワンチャンあるかな?」


 ボソリと是空が呟いた。


「おい? 無明?」


 八聖が警戒する。その声だけで、


「八聖が是空を想っている」


 のは紅蓮の妙見が教えてくれる。そして、


「そう云う意味では無い」


 ことも。


「別に何がどうのって話でも無いけど」


 にゃははと是空は笑った。


「兄さんは私の嫁です」


「それもどうよ?」


 心中ツッコむ紅蓮。それはもう久遠の慕情は理解しているが、


「さてどうしたものか」


 そんな思いもある。


「まず僕が妹離れを」


 とは思うが、紅蓮も病弱な自分の心を立てかける大樹を欲する。その意味で言えば神通久遠の存在はあまりに大きい。


「駄目人間だなぁ」


 そんな感想も出てくるが。


「じゃあやっぱりブラコン読んでるんだ?」


「ええ」


 訂正するのも面倒。


 紅蓮の結論だ。


「本当にブラコン?」


「何か?」


 文句があるなら言ってみろ。


 そんな挑発。


「いや、その、なんだかなぁ」


 是空は言葉を探そうとして失敗したらしい。ラーメンをたぐる。


「無明は久遠さんと仲良くしたいのか?」


 これは八聖。


「にゃはは」


「何故です?」


 紅蓮が問う。結論は簡単だった。


「私より可愛い女の子だから」


 それだけ。


「?」


「?」


「?」


 紅蓮と久遠と八聖が首を傾げる。紅蓮は蕎麦をたぐりながら。


「一緒に居れば私の価値も薄くなるかなって」


 ああ。


 納得する紅蓮。


 久遠は不世出の美少女だ。是空も見劣りはしないが、それでも格はある。


「それに可愛いし」


 ポッと赤くなる是空だった。


「もしかして」


 とは紅蓮の感想。


「百合か?」


 そんな推測。当たりだが。


「そんなわけで仲良くして欲しいんだよ」


「兄さんはどう思います?」


「人間関係が広がるのは良い事かと」


「兄さんが言いますか?」


「むぅ」


 誰より他人を恐れる紅蓮だ。説得力の欠片も無いのだった。蕎麦をたぐる。

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