第7話:恋慕の目覚めは春と共に06


 授業を終えて昼休み。


 一種紅蓮のクラスメイトたちがざわついた。廊下側の扉に美少女と美少年がいるためしょうがなくはあるが。


 片や涼やかで、片や爽やか。


 神通久遠と八聖刹那である。


「誰?」


「マジ?」


「可愛い……」


「イケメン……」


 そんな感想が漏れる。然もあらんが。


 二人ともに躊躇無く教室に入り、久遠が紅蓮に、八聖は是空に、


「昼食をとろう」


 と申し出る。


 紅蓮は苦笑した。


「ええ、構いませんよ」


 首肯。軽やかに頷くと白銀の髪が揺れる。息をもつかせぬ光景だ。


「兄さん。お手を」


「受けましょう」


 差し出された久遠の手を紅蓮は握り返す。


「…………」


「…………」


「…………」


 沈黙するクラスメイト。が、二人にしてみれば想定通りでもある。紅蓮にしろ久遠にしろ浮世離れした外見だ。兄妹仲を密に高めれば結界となり干渉されにくい。どちらにせよ紅蓮も久遠も赤の他人を疎ましく覚えるのは当然だ。加えて紅蓮は深刻な人間不信でもある。久遠の意図は別でも紅蓮にも久遠を求める理由があった。


「学食に行きましょう」


 ソプラノが凜と響いた。人を恋に落とす声。久遠の声は心に刺さる。


「ええ」


 ボーイソプラノも凜と響く。こちらも負けず劣らずの紅蓮の声。


 それから二人は手を繋いで仲睦まじく学食まで歩く。券売機でメニューを選び、列に並ぶ。紅蓮は蕎麦。久遠はオムライス。カウンターで受け取って電子マネーで支払い。二人で隅っこの席に座る。


「いただきます」


 一拍。食事を開始する。


「ところで教室はどうだったので?」


 入学式には出ていないため今日が久遠の高校初日だ。


「頭とモラルが足りませんね」


 サックリ貶める久遠。


「まぁねぇ」


 紅蓮にも予測は簡単だ。濡れ羽色の髪に同色の瞳。お顔立ちも宜しいとなればちょっと見ない美少女。


 紅蓮に云えた事でも無いが、とかく久遠はよく目立つ。


 神通かみどおりの業かもしれなかった。


「ラインしようだのメアド教えてだの放課後に遊ばないだの……」


 辟易。そんな感情。


「久遠は美人さんだから」


「……あう」


 愛しの兄さんに言われれば赤面するしか出来ない久遠だった。紅蓮にとっては慰めの言葉なのだが、


「久遠が自分をどう思っているのか?」


 は客観的に理解している。けれども依存度で云えば五十歩百歩であるためとやかく言う資格を紅蓮は持ち合わせていなかった。無い袖は振れぬ。


「兄さんも知らない人について行っては駄目ですよ?」


「了解しました」


 苦笑して蕎麦をたぐる。そこに、


「此処いい?」


 知っている声が降ってきた。声の方向に視線をやると茶髪のパーマがまず映像として飛び込んでくる。愛嬌のある顔立ちでニコニコと何が嬉しいのか笑っている。


「是空さん……」


 是空無明。隣には八聖刹那もいた。スッと警戒に久遠の目が細められる。


「何か?」


 声の構成があまりに攻性だった。基本的に久遠はグレニズムであるため、その他の人間を軽んじる傾向にある。


「いえ、せっかくのご縁だから」


 是空は、


「にゃはは」


 と笑う。照れ隠しらしい。


「いいよね? ね?」


 嘆願の様な声。


「兄さんは渡しませんよ?」


「兄さん?」


 醤油ラーメンをテーブルに置いて是空は首を傾げる。


「姉さんじゃなくて?」


「…………」


 沈黙する久遠。


「そうなりますよね」


 心の中で紅蓮は苦笑した。男の娘であり、ついでに女子制服のセーラー服を着ている。性別上は男だが、一目見て、


「男性だ」


 と幾人が断じられるか?


 色々とテーゼだ。


「これでも僕は男ですよ」


 はにかみながら紅蓮は告白する。


「そなの?」


 鳩が豆鉄砲。そんな顔をする是空だった。


「本当に?」


「嘘でも構いませんが……」


 特に斟酌もしないらしい。紅蓮は他者と居るだけでいっぱいいっぱいだ。


「とりあえず距離を取ってください」


 久遠が無遠慮に言う。攻撃的かつ排他的。基本的にブラコンであり、かつ不治の病でもあるため、こればっかりは必定だ。

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