第6話:恋慕の目覚めは春と共に05
次の日。
紅蓮は久遠に起こされて欠伸混じりにダイニングに。朝食を取って、それから登校した。春の風はまだ冷ややかで、紅蓮の銀髪と久遠の黒髪を後方へと波立たせる。
一切の手抜かりの無い輝かしい髪。
それらは、
「神代の再現か」
と論ずるに値する。
聖画よりも尊い情景だ。銀色のセミロングに碧眼をくっつけた男の娘と濡れ羽色の髪と瞳の美少女と。二人が仲睦まじく歩いていたら目を奪われない方がどうかしている。
目立つ二人だった。
紅蓮は昨日の時点で知れ渡ったが久遠の方は今日が初登校である。
無論、中学時代の同期の桜が噂を流したりもするし、場合によっては卒業アルバムを回し読みする思春期的な行動もあったため、まったく知られなかったわけでもないが、実際に目の当たりにすれば呼吸を忘れるのもこの際は合理的だ。
「
「
そう呼ばれる。
神懸かり的な相貌であるため妙見高校に形の無い激震が奔ったのも……この際は無理もないと評せる。
昇降口で別れて紅蓮は自身の靴箱を開く。
「…………」
その惨状にしばし沈黙した。自身の上靴はあったのだが、それ以外がベタベタと。
「付箋」
そう呼ばれる物だ。簡潔にIDが記されてある。ラインのソレ。
「こうなるわけですか」
特に驚くわけでも無い。ラインのIDを記された付箋が多数貼り付けられている事は紅蓮の学生生活に於ける覚悟の総量を超えない。
「……光栄なのでしょうか?」
自問しながら張られている付箋を全て剥がして昇降口のゴミ箱に捨てる。
「人気者ですね。兄さんは」
「明日から久遠もそうでしょうけど」
違えようのない予言だったろう。紅蓮に負けず劣らずの久遠であったから。
それから二人は隣接する一年の一組と二組に向かう。そこで別れて紅蓮は一組に顔を出した。早くもなければ遅くもない時間だ。クラスメイトはまばらだが、紅蓮が入室するとざわめきがピタリと止まった。
「オン・ソチリシュタ・ソワカ」
心中呟きながら隣に寄り添っていた久遠の残り香を好ましく思う。周囲の噂の種になるのは……日常的ではあっても不快感を催すのも相違ないのだ。
処世術……他者の感情には敏感だが、だからとて、
「僕の事を噂しないで欲しい」
と言葉にするのも有り得ないので速やかに席について読書に励む。丁度廊下側最後方の位置であったため、拒絶結界の構築は自然に行なわれる。クラス内で孤立する事には慣れている。近寄ってくる人間は下心を持つため恐怖の対象であるし、衆人環視に徹されるならば関わり合う余地も無かった。
「寂しい生き方だ」
紅蓮本人はそう思う。
が、過去に、
「人間がどれだけ卑劣になれるか」
「人間がどれだけ卑怯になれるか」
「人間がどれだけ残酷になれるか」
経験則で知っているため友達なんて概念と縁が無い。必然……その補填として読書に身をやつすのも代償行為だろう。
本の中のキャラクターは裏切らない。
性的な目で見ない。
虐めないし、罵倒しない。
少なくとも読者に対しては。
銀色の髪を弄りながらパラパラと本を読んでいると、
「何読んでるの?」
結界に容易く侵入する生徒が一人。
朝のホームルーム前の時間。
その時まで読書のつもりだったが意識が引っ張られた。気安い声だった。本から視線を上げる。茶髪にパーマをかけた美少女がいた。昨日の放課後に図書館で出会った生徒だ。
名を「
ともあれ、
「普遍的なライトノベルです」
質問に対して答える紅蓮。妙見の妙では負の想念を感じはしなかったが、基本的に人見知りであるため社交辞令に落ち着く。
「神通さんもラノベ読むんだ」
「ええ」
会話のとっかかりではあろう。
「何読んでるの?」
「…………」
答えて良いものか?
しばし紅蓮は悩む。結果、許可が下りる。
「ブラコンです」
ブラコン。ブラザーコンプレックスの略称とも使われるが、会話の流れから紅蓮の読んでいるライトノベルのタイトルである事は是空も察する。
『
略して『ブラコン』だ。
「ブラコン。昨日も手に取ってたしね」
放課後の事を覚えていたらしい。
「はい」
頷く紅蓮。
「にゃは」
懐く小動物の様な笑みを是空は見せた。
「どうやって遠ざけるか?」
紅蓮のテーゼである。結界を布いているのに易々と踏み込んでくる是空に危機感こそ覚えれど、対策は無かった。
まさか、
「話しかけるな」
とも言えない。
空気を読んで……あえての行動か?
はたまた空気を読めていないのか?
どちらにせよ紅蓮の結界を素通りする意味では驚異的な逸材だ。
「神通さんの一番好きなシーンは……」
と会話を広げようとした所で担任の教師が教室に入ってきた。
「また後でね」
気安くそう云って是空は場を離れる。
「不思議な人」
それが紅蓮の率直な感想。紅蓮の処世術を顧みるに下心無く接する知性体は希少だ。そして其処に是空が該当するのである。
無論の事、
「紅蓮が愛らしいから」
も理由の一つではあろうが、それにしては遠慮も憂慮もない。
ただ単純に、
「好ましい」
と思われるのは珍事と言える。
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