第5話:恋慕の目覚めは春と共に04
夜。紅蓮が夕餉の準備をしていると電子キーが解錠されて久遠が帰ってきた。
「ただいまです」
「お帰りなさい」
朗らかに帰りを祝福する。
「仕事の方はどうだったので?」
「打ち合わせは……今のところ順調です。頭が痛いのはファンサービスですね」
「給料の内と割り切ってください」
クスクスと当てつけっぽく笑う紅蓮。もっとも悪意は介在しないが。
「兄さんにお土産です」
ホワイトソースを作っている紅蓮に久遠は土産を差し出した。本である。
「ありがとうございます」
紅蓮も受け取る。
「夕餉の準備……代わりましょうか?」
基本的に家事の類は久遠……妹の領分だ。とはいえ今日の様に忙しいときは紅蓮もフォローの一つはする。
「いえ、後はオーブンで加熱するだけですので座っていてください」
「ホワイトソースにマカロニにナチュラルチーズ……」
「グラタンです」
逆にその材料で他の料理が出来るのなら大した者だが。
程なくして夕餉は出来た。二人でダイニングの席に座り、
「いただきます」
で食事を取る。一口食べて、
「美味しいですね」
と久遠が賞賛した。もっとも基本的にグレニズム(別名、紅蓮原理主義過激派)である久遠が紅蓮の料理を貶す事は無いのだが。それでも当人も食べているため善し悪し程度は自覚する。紅蓮にとっても、
「悪くない」
と思える程度には完成されていた。
「入学式はどうでした?」
仕事の関係上でボイコットした久遠である。ブラックパールの瞳は伺う様に紅蓮の碧眼を覗き込む。紅蓮は苦笑した。
「散々でした」
他に言い様も無い。
「やはり出るべきでしたか……」
「いえいえ」
遠慮する紅蓮。
「責任のある方を優先してください」
「兄さんはソレでいいので?」
「良くはありませんが……久遠に頼ってばかりでは……」
「私は頼って欲しいのですが……」
「はい」
軽やかに頷く。
「どうしても負けそうになったら久遠に泣きつきます」
「御願いしますね?」
「ええ」
不思議な二人ではあった。血の繋がった兄妹ではあるものの、形而上的には密接に結びついている。久遠にしてみれば当然の絆だが紅蓮の方は多少の罪悪感を持つ。二人の関係を言い表す言葉は幾つかあるが、一つには共依存とも云えた。この際、
「どちらがどちらに」
かは議論しないが。食事を終えると久遠が紅茶を入れる。デカフェだ。
「また噂されますね」
「業でしょう」
その通りではある。この兄妹は自身らの外見の評価に下方修正を加える事をしていない。中学校の思春期の墓場で嫌というほど思い知らされたため、自己防衛のために状況を把握する必要があった。
「久遠も人の事は云えませんが」
全く以てその通り。
紅蓮も性的な目で見られたが、久遠とて末路は同じだ。入学式に出なかったため今のところは評価されていないが、明日登校すれば一気に話題をさらうだろう。
「ですからイチャイチャしましょうね?」
「はい……」
紅蓮としても思う所はある。とはいえ妹の立場も勘案すれば非積極的妥協の類は発露せざるを得ない。
「取材です」
とも久遠はいえども、偏に嘘なのは承知の通り。
紅茶を飲み干してホッと吐息。同時に音声案内。風呂が沸いたらしい。そんなわけで二人は入浴する。一等地の高級マンション……その高い階であるため景色も良く浴場も広い。紅蓮と久遠は当然の様に混浴した。
いつもの習慣だ。
紅蓮の体はやせ細っているが筋肉そのものは一般以上。脂肪が少ないため華奢に見られる。あまり脂肪の付かない体質は別に紅蓮の罪責ではないためしょうがない。
乙女顔の男の娘。
男子でありながらあらゆる同性を虜にした華と散る小悪魔。
久遠はスラリとしたモデル体型。乳房もハッキリと盛ってあり、背中からお尻にかけての曲線は黄金比で描かれる。紅蓮には見慣れた光景だが、こちらもまた異性を惹き付けて止まない特徴だ。
華奢の紅蓮とモデル体型の久遠。なおご尊顔が百点満点とも為れば色々としがらみやら宿業やらも肩に乗る物だ。それを二人で乗り切ってきたため、紅蓮にとって久遠は逃げ道で久遠にとって紅蓮は大切な兄である。
「クラスはどうでした?」
久遠の言。二人で裸体のまま入浴しながらだ。紅蓮は久遠の……久遠は紅蓮の……それぞれ髪と体を洗った身だ。事案ではあるが二人にしてみれば今更でもある。
チャプンと湯面が起伏する。
「久遠とは別。僕のクラスは……あまり興味は湧かないかな?」
是空無明については話さなかった。特に理由は無いためである。八聖刹那について話すと面倒事になるため、こちらは意図的に伏せている。
「良い感じの人はいましたか?」
「さてどうでしょう?」
肩をすくめる。
チャプンと湯面が起伏する。
「兄さんを好きになれるのは妹だけですよ?」
「ええ。でしょうね」
特に反論も無い。意識の共有が出来た上で二人の見解が違うため、こればっかりは平行線と相成る。
「に・い・さ・ん?」
「はいはい」
「おっぱいを揉んでください」
「遠慮しておきます」
久遠の性癖は紅蓮には理解しがたい。心理そのものは分かっているが、それが真理には為らないのだ。黒の視線が紅蓮の股間を射貫く。
「兄さんの兄さんは元気がありません」
「何時もの事ですし」
これは何も紅蓮だけではないが。
「取材と称して交合したい今日この頃」
「久遠なら未来に素敵な人が待っていますよ」
お為ごかしな紅蓮であった。
チャプンと湯面が起伏する。
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