第4話:恋慕の目覚めは春と共に03
振り返る。
美少女がいた。茶髪でパーマのかかった今風の美少女。紅蓮と同じ服装だが、まさか紅蓮以外に男でありながら女子制服を着る剛の者もいないだろう。
普遍的な美少女である。
少し勘案する様な顔に察する紅蓮。人間不信が芽生えたが、コミュニケーション能力は自然と発露された。
「読みますか?」
ブラコンの一巻を差し出す。
「それは……」
と茶髪パーマの女生徒。
「神通さんが読むのでは?」
名を知られているらしい。別に不思議な事でも無いが。
「僕は家に買って置いていますので特に必要ありません。読みたいならどうぞ」
「ブラコン……集めてるの?」
「ええ」
齟齬が発生しているが修正する気も無い紅蓮である。
「面白い……ですよね?」
女生徒は探り探りの言葉だった。
「はい」
真摯に同意する紅蓮。
「ええと……」
「
「是空さん」
「一応クラスメイトなんだけどな」
であればホームルームで自己紹介をしたはずだが、特に銘記もしていないため紅蓮の印象は薄い。
「神通さんはブラコンのファンなの?」
「人後に落ちない程度には」
「理論が可愛いよね」
理論。ヒロインの名だ。
「はい」
紅蓮も首肯する。
「そかそか。神通さんもブラコンをね……」
なにか考える様な是空。そうこうしていると、
「無明」
と是空に声が掛かった。
「っ」
緊張に体を固くする紅蓮。
聞き覚えのある声であり、記憶も新しい。
清潔で起伏の無い水面の様な声質。
校則通りに短い髪を濡れ羽色に染めている美男子……総代を務めた八聖刹那の声だった。
「刹那」
是空は容易く八聖を呼び捨てにする。声に感情が無い。美少女の是空と美少年の八聖。二人の関係までは知らないが、知己である事は読み取れる。
紅蓮は赤面した。
声の質が耳に心地よかったため、一種興奮しているとも取れる。
「ええと……そちらは……」
八聖は眉を寄せる。
銀髪碧眼の男の娘。浮いた外見を普遍と捉えるには無理がある。
「神通紅蓮さん。私のクラスメイトだよ」
そこで紅蓮は不安を覚えた。
「劣情を向けられたらどうしよう?」
と。それは不遜と言えるかもしれなかったが論拠は経験則に基づく。実際に中学生の頃も男子に告白される事数多。その範囲に八聖の心境が属しても不可思議は無い。
「かみどおり……さん……」
けれども八聖は感銘を覚えた様子も無い。声には不審が混ぜられており、ある種の作用は見られなかったのだ。
それが逆に紅蓮の興味をひいた。
特に打算も恋慕も無く『神通』の名を呼ぶ美少年。
中々見ない逸材だ。
「お目当ての本はあったか?」
八聖は是空に問う。その声には慈愛があった。
「ああ」
と紅蓮は悟る。八聖刹那は是空無明に恋慕を抱いている。二人が知己であるのは既に覚っているが、紅蓮に劣情を抱かない理由……是空に惚れていると云うのなら納得も行く。
「あったというかなんというか」
是空の声は困惑。そこに恋慕の感情は無い。美少年を前にしながら平静を崩さない。
「本当に何も思っていない」
紅蓮はそう声から感情を見通す。
妙見。
「オン・ソチリシュタ・ソワカ」
心の声だ。心中で印を切る。
「とりあえず」
とは是空の言。
「神通さん?」
「何でしょう?」
「仲良くしましょ?」
「クラスメイトとしてなら」
紅蓮は控えめに肯定した。
「…………」
八聖が不満そうな視線を紅蓮に送る。妬み嫉みの感情の縮図だが、それ故に明確だ。紅蓮は苦笑せざるを得ない。格好良い男の子。なお紅蓮の美貌に劣情を抱かない。先述したとおりに是空への慕情が原因であれば……紅蓮にとっては、
「忌憚の無い関係を構築できる」
かもしれない男子と捉えられる。
有り体に言えば好ましくもあった。
春特有の陽気さも相まって慕情の萌芽は必然かもしれない。そんなこんなの放課後だった。
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