第2話:恋慕の目覚めは春と共に01


 紅蓮にはちょっとした特技がある。


「人の声から感情を見通す」


 そんな技術。


妙見たえみ


 仮名としてそう呼んでいるが、別に魔法や超能力では無く、当人に云わせるなら、


「処世術」


 と相成る。既に述べたとおり紅蓮は男の娘だ。


 銀色の髪も碧色の瞳も日本の平凡な学校では目にしない特徴。なお顔立ち整った美少女に見えるご尊顔であるから、色々と厄介事に見舞われる。女装癖は昔からで、女の子に憧れていたため、その通りの服装を選んでいた。小学校の頃は異端であってイジメの対象でもあり、幼い時分に形成されるアイデンティティで他者を怯えること大となる。


女男おんなおとこ


「男のくせにスカート穿いてるぞ」


「女子トイレ使えよ」


 ざっくばらんに云えばそんな感じで虐められていたわけである。味方は妹くらいで、理解者もまた妹くらいだった。両親は紅蓮の悪癖に困った顔こそしたものの最終的に止めはしなかった。


 小学校で虐められたおかげで紅蓮は、


「他人とは怖ろしいモノ」


 と心の奥深くで銘記した。


 次いで中学生になると状況が一変する。思春期の生徒にとって紅蓮は羨望の的だった。


 愛らしいマスクと謙虚な人柄。小動物を思わせる可憐さに美少女以上に美少女な姿。


 愛の告白を受ける事数えきれず、中には小学校で紅蓮を虐めていた男子生徒まで紅蓮に恋するほどであったのだ。その鮮やかな手の平返しに紅蓮は失望を覚えた。


 元より自分が可愛い事を紅蓮は自覚している。


 妹の久遠もそうだが、神通かみどおり兄妹は常軌を逸している。結果的に更なる人間不信を抱いて他者との距離を計るクセが付いた。


 ここで先述に繋がる。


「人の声から感情を見通す」


 そんな特技たる妙見。他人を怖がるが故に一挙手一投足にビクビクして、かけられる声から心情を逆演算する悪癖。小学校の頃に萌芽し、中学校の時分に完成した処世術。


 そもそうでもなければ心の安寧を保てない紅蓮であるのだ。


 致し方ない。


 そして高校生になる。


 紅蓮は入学式に参加するために進学した市立妙見高校に向かっていた。妙見高校の制服は男子は学ランで女子は黒のセーラー服。色々と時代に取り残されている感はあるが、


「基本的に勉学能力と制服制度は別のモノ」


 そんなことで紅蓮はセーラー服を着ている。これについては学校側にも理解を貰っているし、特に問題にもならなかった。あくまで学校のスタンス……ではあるが。桜が足早く散り、蒼穹が風を纏う天の彩を瞳に映しながら、紅蓮は辟易していた。


 春の陽気さはこの際加点対象ではあるものの、それは季節柄での事であって人の心の春に於いてはどうしようもなく疲労を覚える。衆人環視から一身に視線を集めていた。


「すげぇ」


「誰アレ?」


「同じクラスならいいなぁ」


 そんな声。


 本日は入学式と云う事もあって、上級生は生徒会役員並びに事情のある学生以外は休日だ。新入生は必然入学式の体育館に集まるため、紅蓮を見つめる視線の殆どは同じ学年……新入生などの事になる。


「既にうんざり」


 心の中で独白。人より戒律の厳しいパーソナルフィールドを結界として持っている紅蓮にしてみれば、劣情と性欲のざわめきは耳障りである。声から心情を察せるのがマイナスに反映されているのだが、気付かなければ気付かないで色々と問題がある事も確か。


 ところで妹の神通久遠は一緒ではない。世界で唯一の理解者であり、紅蓮が心を預けている美少女でもあるが、スケジュール的に弊害が起こり入学式をボイコットしている。久遠と一緒に居れば少しだけ心が凪ぐのだが、ここで願うのも現実的では無い。


 衆人環視を無視する形で体育館に並べられたパイプ椅子の一つに座る。席は自由であったが既に後方は埋まっていたため紅蓮は最前列だ。新入生の中で銀髪が目立っていたが、意識してもしょうがなくはある。内心はビクビクしていたが、出力は嘆息一つ。憂いと不安と鬱屈とが濃度過多まで煮詰められた感情のスープ。とても食べられた物ではないが、ヘドロの様に紅蓮の心をかき回した。


 とまれ入学式が始まる。


 理事長や校長の祝辞。生徒会長の言葉。粛々と進む入学式。


 そこで紅蓮は奇蹟を見た。


 新入生代表の答辞だ。壇上に立ったのは一人の男子生徒。爽やかな印象の少年だった。特に何かしら特徴があるわけでも無い黒髪黒眼の日本男児。校則に則った短い髪と、キッチリと学ランのホックを占めた優等生。総代を務める辺り勉学にも明るいのだろう。そんな優等生の答辞が述べられると……拡大されたマイクの声が紅蓮の心を鷲掴みにした。


 声から感情を見通す。


 そして優等生の声には真摯な感謝が宿っていた。


「――新入生代表、八聖刹那」


 そうして総代……八聖やひじり刹那せつなは答辞を述べ終わる。入学式に限らずほとんどあらゆる式は建前と惰性の産物だ。こと未成年である生徒には入学式なんてものは、


「面倒だけど皆が出ているから出ざるを得ない」


 などと反射的な空気を読んだ上での所産である。校長の長ったらしい祝辞には熱が籠もっておらず、生徒会長の言葉には冗長と疲労が見て取れた。その返事に対して心からの感謝で答辞を述べる八聖刹那。声には春一番の含有する陽気と冷気のエネルギーで紅蓮の心を熱くさせる。


「真摯」


 一言で述べればソレに値する。紅蓮に言わせれば、


「いったい本当に感謝の念を以て答辞を述べる総代が全国の何処にいる?」


 との感想だ。サラサラとした光沢のある濡れ羽色。黒い瞳には理性を宿し、美少年として完成している。


「やひじり……せつな……さん……」


 紅蓮にとって八聖刹那は奇特な存在と捉えられた。入学式が終わる。

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