好きな人の好きな人には好きな人がいる
揚羽常時
第1話:プロローグ
「螢の灯火。積む白雪」
蛍雪の功。冬の寒波が名残惜しく撤退し、春の陽気が顔を覗かせようとするこの頃。
某県九重市。
そのとある中学校で卒業式が執り行われていた。
「今こそ別れめ。いざさらば」
しがらみからの乖離。別れの季節。何事にも不変が無い事の証明。咲いた染井吉野がある種のシンボルと言えたかもしれなかった。
「世の中に、たえて桜の、なかりせば、春の心は、のどけからまし……ですか」
中学の卒業式の終わり。卒業証書を手にした一人の生徒が苦笑と共にそう云った。
桜の足の速さは偏に春の空気にも通ずる。
「けれども、散ればこそ……とも言いますし」
「とまれ卒業式に桜が見られただけでも僥倖ですね」
「ですです」
二人はそう言って笑い合った。
不思議な二人だった。どちらをしても絶世、不世出、古今無双に摩訶不思議と定義づけられる美しさの持ち主だ。
一人は銀髪の美少女……にも見える男子生徒。ロシアのクォータによる隔世遺伝。そにおいて白銀の色を輝かしく誇る異端。セミロングの銀髪に碧色の瞳を持つ一見日本人には見えない日本人。なお顔の造りは甘やかしく、十人に問えば十人ともに、
「女の子だろう」
と断じる美貌。銀髪に碧眼……それだけでもファンタジーであるのに、その男子生徒は女子制服を着ていた。愛らしいマスクと華奢な体つき。可憐な女生徒……にもとれるが性別はキッパリと男である。所謂『男の娘』なんて概念が一番近いだろう。
「
そう云う名の卒業生。青と白のツートンカラー……そのセーラー服を纏って桜に悦を見る姿は高貴にして可憐。惚れ惚れするくらいに美少女性を獲得している男の娘。
その隣に立つのはこちらも紅蓮に負けず劣らずの美貌。黒い髪と瞳の日本人的シンボルを獲得している美少女。大和撫子と云って過分では無い存在である。同色のセーラー服を纏っているがこちらは本当に女子である。
「
そう云う名の乙女。
神通の名が示すとおり紅蓮とは血で繋がっている存在で、紅蓮の実妹だ。銀髪の紅蓮が隔世遺伝とすれば黒髪の久遠は両親の血を真っ当に受け継いだ子どもだろう。先述したが紅蓮に負けず劣らず美しい造りのご尊顔で、男子十人が十人ともに振り返る愛らしさ。
手に持った卒業証書は即ち兄妹でありながら兄の紅蓮と同学年である事を示し、早生まれの影響でもある。
一人は銀髪碧眼のクォータの男の娘。
一人は黒髪黒眼の大和撫子の美少女。
「紅蓮さん!」
「久遠さん!」
「神通さん!」
「お姉さま!」
卒業式と続くホームルームを経て、学び舎のしがらみから解き放たれた兄妹は、次いで人に囲まれた。元より目立つ二人だ。思春期の最中にて少年少女の願望を汲み取らざるを得ない立場。一種のアイドルにも近い位置取りであり、それ故、学び舎なんて閉鎖空間に於ける伝説の一片でもある。
「私の第二ボタンを受け取ってください」
一字一句には違いがあれど大体そんな提議がされた。久遠は大和撫子の美少女で男子生徒の憧れの的だったが、こと兄の紅蓮もクォータの血の因果で男子生徒の恋慕の象徴ですらあった。可憐さや愛らしさでは兄妹揃って飛び抜けた資質を持っており、学生時代は何かと慕情を寄せられる事過多だったのだ。
紅蓮は控えめに、久遠はキッパリと、それぞれ申し出を袖にする。
元より紅蓮は他者に対して臆病で惚れた腫れたに感情が追いつかず、久遠の場合は一種の病気を患わせて形而上的に他者から一線を定義していた。そんなこんなで二人は中学校を卒業し、少し長い春休みを迎える。
某県九重市。その市立妙見高校に入学を予定していた。九重市における進学校。偏差値は高いが、とりあえずは入試をクリアしている二人である。大学へ進学するにあたって九重市での環境ならば最善だろう。
「けれども」
とは紅蓮の言葉。
「本当に大学に進学するんですか?」
不明だ。
そう云う。
「日本は学歴社会ですから」
久遠は肩をすくめて云った。
「そういう問題でも無い様な……」
そんな紅蓮の言には一定の理がある。紅蓮の妹である久遠はある種の社会的ステータスを既に持っている身だ。学生ではあるが同時に社会人でもある。消費税という意味では紅蓮も納税はしているが、ソレとは別に久遠は税金を納めており、ついでに云えば税理士とも知己だ。個人事業主でもある。此処では割愛するが。
「紅蓮先輩……」
「久遠お姉様……」
そんな下級生の声に後ろ髪を引かれながら紅蓮と久遠は学び舎を後にした。
九重市は山と海に挟まれた土地で、中央の都市部だけが奇形的な発展をしている。鉄道の不便は無く、数刻も電車に揺られれば先進の某都に着くが、こと九重市においては杞憂でもある。九重市の名家である八聖と市長の是空の発言力で都市部の発展めざましく、基本的に街を出なくとも大概のモノは揃う。
神通兄妹は此処で生まれて此処で育っていたが親とは別居して都市部中央の分譲マンションで二人暮らしをする身だ。結構な値段ではあるが久遠にしてみれば、
「端金です」
との事であり、兄の紅蓮にしてみれば、
「久遠だし」
と理由にもならない納得をしている。
「桜が散れば高校生です……」
久遠の淹れた茶を飲みながら紅蓮は感慨深く云った。
「なんとなく中学生にとって高校生とは大人」
なんて観念があったため、実感が湧かないが表現として近い。銀色の髪を弄りながら苦笑。そして久遠の茶を飲む。
「いっぱいベタベタしましょうね」
とは久遠の言葉。暗く輝く瞳は冗談を言っている風でも無い。その根源を紅蓮は程よく理解もしているのだが、業の深さについては嘆息せざるを得ない。
「これからもよろしく」
桜の散り際の様な切なさで紅蓮は応えた。二人揃って勉学の器用さは優劣を付けられない。方向性は違うが、こと紙面における点数の平均値では同等だ。紅蓮が理系で久遠が文系。どちらが優れているとも定義は出来ないが、少なくとも其処に提議を持ち込む意義を神通兄妹は見出していない。両親と家を離れて分譲マンションを城と構える。妙見高校にも近い位置取りだ。久遠の都合であって紅蓮の都合ではない。
碧の瞳が茶の香りに優しい光を湛えていると、黒の瞳が自身のポケットに視線を移した。手に取ったのはスマートフォン。
「うえ」
連絡先を見て嫌悪する久遠。厄介事ではある。要するに仕事の催促ではあったのだから。
「頑張れ」
始終無情に紅蓮は云って茶を飲んだ。玉露だ。そうやって中学の卒業を意識の上で進める紅蓮であった。
「妹と同学年で同一校ね……」
文学的豊かな状況ではあれど、あまり手放しで喜べない紅蓮だった。
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