9   繊細なお嬢様   1

 ☆

 翌日のお昼に、ルース王子がやって来た。



「ここだと他の生徒が来て、ゆっくりできないから、空き教室を借りたんだ。来てくれる?」


「……はい」



 ルース王子に招かれたのは、今は使われていない、高貴な公爵令嬢が使っていたと噂の部屋だった。


 室内は長年使ってなかったはずなのに、美しく飾られていた。


 家具も新調したのかもしれない。


 真新しいテーブルの上には花が飾られている。テーブルの上だけではなく、大きな花瓶にも飾られていた。ルース王子の付き人だろう。ルース王子よりも年上の紳士が、お茶を淹れている。



「さあ、椅子にすわってくれ」


「ルース王子様が、この部屋を綺麗になさったのですか?」


「ああ、そうだ。従姉のお姉様が使っていた部屋らしい。家具も綺麗に拭いただけだ。掃除は使用人に手伝ってもらったが、僕も手伝った」


「王子自ら掃除をしたんですか?」


「勿論だよ。ミルメールが座っている椅子もテーブルも綺麗に磨いた。僕の大好きなお嬢様を招待するんだ。きちんと安全かどうかも確かめたから安心して」


「……ありがとうございます」


「ミルメールの付き人の方も、どうぞお座りください」


「王子自ら、ありがとうございます。お嬢様、どうぞ」



 グルナはミルメールを椅子に座らせると、不安げなミルメールの横に座った。


 ルース王子はミルメールの前に座り、お弁当を開けた。


 王家の弁当とは、どんな豪華なお弁当が入っているんだろうと、ミルメールは気になって、じっとお弁当の中を見ていた。


 想像していたより普通のお弁当に、ミルメールは自分のお弁当を開ける。



「美味しそうなお弁当だね」


「王子様のお弁当は、もっと豪華なものだと思っていました」


「豪華なのはパーティーくらいだよ。他は普通の食事が出てくる」


「そうなのですね」


「ミルメールのお弁当の方が豪華に見えるな」


「そんなことはないわ」



 ミルメールは初めて、ルース王子と会話らしい会話をした。


 お弁当を食べ終わって、お茶を入れてもらい、ゆっくりと寛いだ。


 お茶請けに、サブレが出てきて、そのサブレがとても美味しくて、ついつい摘まみながら、王子の話を聞いていた。


 王子の会話は王家の中の失敗談や国王陛下の秘密の趣味などで、面白くて、会話もするつもりもなかったのに、いつの間にか笑っていた。



「今日はとても楽しかったです。招待してくださりありがとうございます」


「僕こそ、すごく楽しい時間をありがとう。また明日も一緒にお弁当を食べよう」


「……はい」



 お昼時間を目一杯使って、ミルメールはルース王子と楽しく過ごした。


 王子が一生懸命、ミルメールを楽しませようとしている姿を見て、グルナは昔の自分のようだと共感していた。


 初めて見たミルメールの笑顔は、思っていたように美しく可憐だった。


 教室に戻ると、マヤが女子生徒に囲まれていた。


 どうして虐めなんか……と思って、そう言えば、自分もマヤに嫉妬していたときは、優しくできなかった事を思いだしたミルメールは、こんなに見苦しい姿を、自分がしていたと気付いた。


 ミルメールは、その輪の中に入った。



「ごきげんよう。どうなさったの?皆さんで集まって」


「あら、ミルメールこそ、どうなさったの?」


「何か楽しいことをしていらっしゃるのかと思いまして」



 マヤが助けを求めるように見ている。



「マヤ、少しお話がございますの。楽しそうな所をお邪魔してしまって、申し訳ないのですけれど、マヤをお借りしてもよろしいでしょうか?」


「……ええ、構いませんわ」


「……どうぞ」


「……行ってらっしゃいませ」



 ミルメールはマヤを連れ出して、廊下に出た。



「ミルメール、ありがとう」


「何をなさっていたの?」


「この間のパーティーで、わたしが王子様とダンスをしたとき、王子様が用意してくださったドレスをダンスの途中で踏んでしまって、王子様に抱きついてしまったんです。あまりに大胆で、失礼極まりないと叱られていたの。ドレスは返却したのか?とか聞かれていたの」


「それはマヤがダンスのレッスンをしっかりしていなかったから、王子様に迷惑をかけたのですね。ドレスはどうなさったの?」


「着る物がないだろうと言われて、ドレスは戴きました」


「あら、そう」



 あのドレスは、美しいドレスだったわ。


 名前を聞かれて、ダンスを誘われたマヤが羨ましい。その上、自分も持っていないような素敵なドレスをプレゼントされるなんて。


 クラスの女子が怒るわけが分かる。自分も嫉妬している。


 助けなければ良かった。


 汚らわしい気持ちが押し寄せてきて、心も顔も穢れていくような気持ちになった。


 せっかく楽しい時間を過ごしてきたのに、またあの時のことを思い出して、ミルメールは深くため息を漏らした。


 ついさっきまで、明日のお弁当の時間を楽しみにしていたのに、気鬱になってきた。


 マヤを連れていったら、ルース王子様は、マヤをまた選ぶのだろうか?



「お嬢様、そろそろお席に着きませんと、授業が始まりますよ」


「あら、グルナ、ありがとう」


「顔色が悪いですね。気分が悪いようなら無理はされなくてもいいのですよ。馬車の手配をいたしましょうか?」


「……今日は帰ろうかしら、なんだか気分も悪くなってきたわ」


「では、馬車の準備をいたします。こちらにいらっしゃいますか?それともご一緒に行かれますか?」


「グルナと一緒に行きますわ。マヤ、それでは、ごきげんよう」


「ミルメール待って。舞踏会の時、本当にごめんなさい。有頂天になっていたの」


「そうでしょうとも。王子様にファーストダンスを申し込まれたんですもの。誰からも嫉妬をされてもしかがありませんわ。しかも大切なファーストダンスの途中で、王子様に抱きつくなんて破廉恥ですわね。わたしなら恥ずかしくて、学校に来るよりダンスの家庭教師を雇って、猛練習をいたしますわ。もちろんわたしは幼い頃からいろんな家庭教師が付いて、学校に入学するまでに、学校で学ぶ勉強は終わっていますわ。ダンスの練習も未だに欠かさず、行っていますわ。最新の流行の物も知りたいので」


「まだ怒っているのね」


「そうね、自分にも呆れているから、あの時の事なんて、もうどうでもいいわ。できるだけ早く忘れたいの」



 グルナはミルメールとマヤが挨拶している隙に、荷物を持ってきた。



「お嬢様、お待たせしました」


「グルナありがとう。マヤ、それでは……」



 ミルメールはマヤを置き去りにして、廊下を歩いて行った。

 


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