8   学校

 ☆

 貴族だけが入れる名門メリー学園は、13歳から学校に入れる。


 それまでに、貴族の子息は、家庭教師を付けられて、基礎的な勉強をする。


 学校は一般的な学校とは、少し違うようだ。


 学校は男女の出会い場であり、縦横の繋がりを作るための社交の場になっている。


 友人関係を作り、大人になったときに親の跡取り後に、上手く関係を作れるように。また跡を取らない者は、どこかの姫君の心を射止めて、将来の自分の行く末を作る場所のようだ。


 勿論、学校と名をあげているので、勉強もしているようだ。授業もきちんとある。


 グルナも幼かった頃、貴族学校に通っていたので、懐かしさを感じる。


 ただ、グルナが通っていたのは、魔界の学校だが……。


 人間界の学校には初めて来たので、好奇心が湧く。面白ければ、教師になってもいいだろう。


 気ままに暮らしているグルナにとって、職業は食事を食べるためと娯楽である。



「お嬢様、お手をどうぞ」


「ありがとう、グルナ」



 ミルメールは1ヶ月ぶりに学校に登校した。


 舞踏会から約1ヶ月が過ぎたことになる。


 制服の紺のワンピースを着て、黒いローヒールの靴を履いている。


 ミルメールはもともとお洒落なのだろう。靴下は高級なレースの靴下を履き、長いストレートの髪は下ろして、紺色のリボンで飾っている。金に見えるほど色素の薄い茶色の髪に、紺色のリボンは栄えるが、よく見ると、どの令嬢も髪に紺のリボンを付けている。


 ミルメールが教室に入ると、騒がしかった教室が静かになった。


 静かにミルメールは自分の席に向かい、グルナは椅子を引いて、ゆっくりミルメールを座らせると、グルナはミルメールのすぐ隣に立った。


 ルース王子とファーストダンスを踊ったマヤが、近づいてきた。



「わたし、ミルメールに悪いことを言ったわ。舞踏会で起きたことは、ミルメールが意地悪でしたことではないと見ていた人が教えてくれたの。ごめんなさい」


「もう過ぎたことよ」



 今度はカルメルとヘクセが近づいてきた。



「転んだ時、手伝わなくてごめんなさい。笑ったりして、ごめんなさい」


「もう過ぎたことよ」



 ミルメールは同じ言葉を返した。


 今度はキリウムが近づいてきた。



「ほんの悪戯のつもりだったんだ。こんなに1ヶ月も休まなくちゃならないほどの怪我をするとは思っていなくて。ごめん」


「もう過ぎたことよ」


「許してくれないと、俺が両親に叱られるんだ」


「叱られたんだ?良かったわね?とても紳士的ではなかったもの。家庭教師をつけてもらって、初めから教育された方が、身の為よ」


「家庭教師は付けられたよ。毎日、紳士のレッスンを受けているよ」


「そう、良かったわね。キリウムは長男ですもの。素敵な許嫁ができなくってよ」


「許してくれないと、親がミルメールに縁談の話を持って行くって言うんだ。怪我をさせた責任を取らなくてはって、話しているんだ」


「大丈夫よ。ちゃんと断ってあげるから」


「本気かよ?俺の家は公爵家だぜ?」


「内面が整っていない公爵家の奥方になるつもりは、全くないわ。わたしにも選ぶ権利はあるのよ」


「なんだかムカつく」


「だったら、ここにいなきゃいいでしょ?」



 ミルメールは、キリウムから視線は外した。


 キリウムは怒りながら、自分の席に戻っていく。



「ねえ、ミルメール、またわたしと友達になってくれるよね?」



 マヤが恐る恐る声をかけてきた。



「もうマヤには新しいお友達ができたんじゃないかしら?わたしは、これから一人で過ごすことにしたの」


「わたし、王子様とファーストダンスを踊ってから、クラスで意地悪をされているの。いつもみんなから守ってくれたミルメールがいないと、わたしは一人になってしまうわ」


「あら、同じね。一人で過ごすのもいいんじゃないかしら?マヤ、王家からもらったドレスも似合っていたし、泣いていたわたしを嗤ったわよね?気付かなかったと思って?わたしが痛みで苦しんでいるときに、嬉しそうな顔をして、わたしを嗤ったことは、忘れないわ」



 マヤは唇を噛みしめて、自分の席に戻っていった。


 カルメルとヘクセが顔色を変えて、突っ立っている。



「あの……」


「同じ言葉を繰り返すのは嫌なの。わたしは友達だと思っていたけれど、違っていたみたいだから、もう声をかけないで」



 カルメルとヘクセは急いで自分の席に戻っていった。


 教室中がシーンとしている。


 ミルメールの家は伯爵家だけれど、伯爵家の中でも位が高い。父親は議長をしているし、たくさんの事業をしているために、そこら辺の名前だけの公爵家よりよっぽど国王陛下に期待されている。


 ステレオン伯爵家を侮辱して、無事に過ごせないほどの権力を父は持っている。その娘を侮辱して、ましてや怪我をさせたと知られれば、自分の父親の事業が傾くかもしれない。それを皆は恐れている。


 ミルメール自身は、人を陥れる気持ちは微塵も持っていないけれど、父は分からない。


 教師が入ってきて、授業が始まった。


 ミルメールは幼い頃から家庭教師ついていたので、学校の授業を習わなくても、その程度の知識はある。


 1ヶ月休んでも、授業について行ける。


 小テストを簡単にこなして、お昼ご飯の時間に、グルナとお弁当を食べた。


 食堂は人が多くて危険だからと、父が料理長に指示を出して、二人分のお弁当を準備してくれた。



「グルナ、ずっと立っているのも大変でしょう?椅子を使ってもよろしくってよ」


「お嬢様、お気遣いありがとうございます。大丈夫でございますよ。立っているのもわたくしの仕事でございます。お嬢様に悪さをする者を捕らえよと、旦那様に指示をもらっておりますので、ご安心なさって授業を受けてください」


「ありがとう、グルナ」



 お弁当を食べ終わって、グルナが片付けを始めたとき、教室の中に一人の少年が走り込んできた。



「ミルメール、体はもう大丈夫なのかい?」



 なんと走り込んできたのはルース王子だった。


 ミルメールの顔色が蒼白になる。



「ずっと会いたかったんだ。お花を受け取ってくれてありがとう」


「……どうしてここにいるの?」


「父上に頼んで、学校に入れてもらったんだ。僕の方が年上だから同じ教室にいられないのが残念だけど」


「……来ないで、わたしを見ないで」



 ミルメールは両手で顔を覆った。


 それでも、ルース王子は必死だった。



「やっぱり制服姿でも、ミルメールは美しい。そのペリドットの瞳は素晴らしく美しいし、光りに当たると金色に見える髪も美しい。何よりその顔立ちは、麗しい」



 ルース王子は目の前に立つと賛辞を並べたが、当のミルメールは顔を覆って俯いてしまっている。



「舞踏会で、どうして僕は白粉の中に隠された素顔に気付かなかったのだろう。自分の未熟さを呪ったよ。まったく僕はまだ子供で、令嬢に対しての礼儀がなかった。たくさん、傷つけて、本当に申し訳ない」


「……もう過ぎたことです」


「どうか僕にチャンスをくれないか?ミルメールと仲良くなりたいんだ」


「……無理よ」


「一緒にお茶を飲んだり、お菓子を食べたり、欲をいえば、一緒に散歩に出かけたい」


「そばかすが汚いのでしょう?」


「そんなことはない。とてもチャーミングだ。兄様は白粉の中の美しさに、すぐに気付いたのに、本当に僕はなってなかった」


「……」


「毎日、お弁当を食べるのなら、明日から僕もお弁当を持って来よう」


「……」


「今日は脅かせてごめん。どうしても会いたくて。食堂でミルメールが出てきたって聞いて、走って来たんだ」


「廊下を走ったら危険よ。よく滑るもの」


「そうか、これから気をつけよう」



 やっと言葉を返されて、ルース王子はミルメールの席の前の席の椅子の向きを変えると、その椅子に座った。


 ミルメールが視線をあげた。やっとルース王子は視線があい、嬉しそうに微笑んでいる。


 ルース王子は元々の性格は悪くはないのだろう。


 ルース王子の魂も美しく、純粋な色をしている。


 グルナは妹に似た、ミルメールの恋の行方を見守ってやりたくなった。


 教室に人が戻ってくると、ルース王子は席を立ち、「また明日」と言って帰って行った。



「グルナ、どうしましょう?」


「お嬢様の心のままに」


「ルース王子に何度も傷つけられたのに、今更、仲良くして欲しいなんて言われても困ってしまうわ」


「ですが、毎日、お花を持って来てくださった優しい心を持った王子様ですね」


「……そうね」


「チャンスが欲しいと言っておられたので、少し心を開いてあげては如何でしょう?」


「傷つけられるのが怖いのよ。グルナ一緒にいてくれるかしら?」


「お嬢様が、それを望むならば、共にいましょう」


「ありがとう、グルナ」



 頑なに拒絶していた心が、わずかに綻んだようだ。


 教室では、「王子が来ていたぞ」と大騒ぎになっている。


 マヤが色めき立っている。それを見た女子生徒は冷めた目で見てマヤから離れていく。マヤは一人で残されて、泣き出しそうな顔に戻った。




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