7   妹に似たお嬢様   5

 ☆

 ミルメールは腰の痛みが軽くなっても、ベッドで寝込んでいる。


 学校に行きたくない。


 ミルメールの醜態は、クラスだけでなく、学校中に知れ渡っているだろう。そんな学校に行きたくない。



「ミルメール、学校には行かんのか?あまり休むと、授業について行けなくなるぞ」



 父親がミルメールの部屋に入ってきた。


 ミルメールはどうやら16歳で、高等部の1年生らしい。



「お父様、学校は辞めます。勉強は家庭教師をつけてくださいませんか?」


「家庭教師をつけるのは構わないが、学校へは行きなさい」


「わたし、できるだけ誰にも会いたくはないのです」


「引きこもってばかりでは、体にも悪い」


「それなら、ベッドから起きます。お庭も散歩しますから、学校は辞めさせてください」


「この先、誰とも会わないつもりなのか?」


「その方が、ステレオン伯爵家のためになりますわ」



 ミルメールは、ゆっくり体を起こして、ベッドに座った。


 長い髪が、サラサラと胸を隠した。


 色素が薄いのか、髪の色は薄い茶色をしている。光りが当たると金色に見える。


 瞳の色は人間界では珍しいペリドットのような黄緑の色をしている。


 先祖に魔族の血が混ざっているのかもしれないとグルナは思った。


 魔族には、よく見られる顔立ちだが、人間界では珍しい色合いだ。


 色素が薄いから、肌自体も白い。そこにそばかすができて、そのそばかすがよけに気になるのだろう。


 グルナはミルメールを見ながら、想像した。


 侍女がすぐに髪を梳かしている。


 サラサラの髪は、真っ直ぐに伸びて、背中あたりで、綺麗に揃えられている。


 よく手入れされた姿に、家族がどれだけミルメールを大切にしているのかが分かる。


 父親はため息をついて、ミルメールを抱きしめた。



「酷い言葉を浴びせられたのだろうな?可哀想に」


「わたしは生きている意味が、分からなくなってしまったの。学友とも上手くやっていける自信がなくなってしまいました」


「それでもな、一人も友達がいないのは寂しいだろう。年頃になれば、許嫁も付けねばならぬだろう?」


「わたしは、一生独身も構いませんわ。我が家には跡取り息子のガイストが、いるでしょ?」


「ガイストは、まだ5歳だ」


「天使のように可愛らしいわ。そばかすができないといいわね」



 ガイストが花束を抱えて、部屋に入ってきた。


 ガイストの瞳は茶色の瞳で、髪の色も茶色だ。


 両親とも茶色の瞳と髪をしているので、突然変異なのかもしれない。



「お姉様、ルース王子様からお届け物です」


「ガイスト、お花はお母様にわたしてちょうだいな。毎日、わたしにお花を見せに来なくてもいいのよ」


「でも、お姉様にお届け物だとお母様が言っていたもの」


「このお部屋にお花は飾らないから、お母様のところに持って行ってくれる?」


「うん、分かったよ」



 ガイストは素直に、部屋から出ていった。



「ルース王子の事は許せないのか?」


「もう二度も舞踏会には参りませんから、お目にかかることはございません。お父様、王宮に出かけたときに、お花はいらないとおっしゃってください」


「国王陛下から伝えてもらおう」


「お願いします」


「腰が痛くないのであれば、ダイニングに降りてきなさい。紅茶を淹れてもらって、ケーキでも食べよう」


「あまり食欲はないのですけど」


「お茶の時間だ。さあ、来なさい」


「……はい」



 ミルメールの父親が部屋から出て行った。


 グルナはミルメールに声をかける。



「お嬢様、起きられそうですか?もし、痛みがあるようなら無理をなさらなくてもいいのですよ」



 まさに悪魔の囁きだ。


 綺麗なペリドットの瞳がグルナを見る。



「グルナは優しいわ」



 グルナは微笑んだ。


 美しい瞳だ。魂はきっと美味しいだろう。


 心に穢れはなく、心優しい。


 どうしてか、事が上手く働かないところが、運の悪さだろうか?


 これほど美しい容姿をしていても、本人は醜いと思い込んでいる。


 久しぶりに魂を縛ってみたくなるほどの、美しく儚い魂をしている。



「でも、お父様が来なさいとおっしゃったのだから、行かなくちゃ」



 侍女がワンピースを出してきた。



「では、わたくしは外でお待ちしております」


「ええ」



 グルナは優雅にお辞儀をすると、部屋から出て行った。


 侍女が、ミルメールにワンピースを着せて、髪を梳かした。


 ミルメールは侍女に手を引かれて、扉の外に出た。


 侍女はお辞儀をして、グルナに任す。



「では、参りましょうか」


「はい」



 グルナはゆっくり手を引く。


 ゆっくり廊下を歩き、ゆっくり階段を降りていく。



「痛くはありませんか?」

「思ったほど痛くないわ。もっと痛かったら、ずっと部屋にいられるのに」


「お嬢様、笑顔を見せて下さい。お嬢様の笑顔をとても見たいです」


「もう忘れてしまったの」



 1階に降りると、そこら中に花が生けられている。


 どの花も美しいが、その花を見ると、ミルメールは目を逸らして、ダイニングに入っていった。



「やっと降りてきたか」


「痛くはありませんでしたか?」



 両親がミルメールに声をかけた。



「思ったほど痛くはなかったわ。グルナが手を引いてくれたの。痛くないように、ゆっくり歩いてくれたの」


「そうですか」



 グルナはミルメールから手を放して、椅子を引いた。


 ゆっくりとミルメールが椅子に座った。


 どうやら痛みは軽減しているようだ。


 ダイニングの使用人が、お茶を出して、ケーキを並べだした。



「どうしても、学校に行かなくてはならないなら、グルナを連れていってもいいかしら?」


「使用人を連れて学校に行く者はいないだろう?」


「わたしの腰がまだ痛いと言えば、許されるわ」


「グルナを連れてなら、学校に行くのだな?」


「……はい」


「では、学校に交渉しよう」


「ありがとう、お父様」



 グルナは心の中で嗤う。


 ミルメールを幸せにしてやってもいいし、自分の魂と契約させてもいい。


 そう思って、妹はどう思うだろうと、自分と同化した妹の魂に話しかける。


 今は愛おしい妹と一緒にいられるグルナは、まるで妹を裏切った思考を抱いたことに、心を傷めた。


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