第5話   完璧な屋敷に

 ☆

 魔窟騒ぎが落ちついた翌日、朝食の後に、レオンはアリエーテを連れて、薔薇園の手前で足を止めた。



「今から広い庭を造る。見ていろよ」


「うん」



 レオンは意識を集中すると、地面に手を突いた。


 ドンと響く音がすると、薔薇園から門までが、グンと遠く伸びた。


 伸びたという表現が正しいのか分からないが、屋敷から門までが遠くなった。



「こんなに遠くしたら、わたしが門から出られないわ」



 半日以上は歩かなければならなくなったような気がした。



「わたし、瞬間移動できなのよ」


「アリエーテ一人で出かける事などないだろう?」


「それでも……」



 あまりにも遠い。



「家出でもするのか?」


「しないわよ」


「それなら問題はない。さて、今度はこっちだ」



 そう言うと、手を叩いてアリエーテを抱き上げた。瞬き一つで別の場所に来ていた。


 まわりを見回すと、屋敷が見える。



「ちょっと降りていてくれ」


「うん」



 今度は何をするんだろうと見ていると、また地面に手を突いた。


 ドンと響く音がすると、大きな広場ができた。屋敷の敷地と同じくらいの広さがありそうだ。



「空き地を造ったの?」


「騎士団の練習場だ」


「今いる騎士団へのご褒美?」


「いや、王家に仕える騎士団の練習場だ」


「王家に仕える騎士団があるの?」


「今はオルビスの宮殿にいるが、屋敷を交代しないのなら、ここに移動してもらわなくてならないだろう?」


「ここは平和なのでしょ?」


「それでも、魔王に仕える騎士団あるんだ。彼らは今、すごく不安に思っていると思うぞ。勤め先がなくなってしまうからな」



 アリエーテは頷く。


 魔王に仕える騎士団は、それを職業にしているのだろう。


 仕事がなくなったら、収入がなくなってしまう。



「アリエーテなら分かるだろう?家族を養っている者もいる。明日の生活の心配をしなくちゃならなくなる。魔王には魔王に仕える騎士団を雇い、守ってもらう代わりに賃金を払わなくてはならなくなるんだ」


「わかったわ。今いる騎士団よりもたくさんの騎士団が、この屋敷に来るのね?」


「そういうことだ」



 アリエーテを抱き上げると、広場の隅まで飛んだ。


 目の前で建物が建ち始める。



「いつ見ても、不思議ね。どこからこの物質ができるのかしら?」


「魔術で作っているんだ」



 5階建ての建物が建っている。



「中に入ってみるか?」


「せっかくだから見せて」



 レオンはアリエーテの手を繋ぐと、建物の中に入っていく。


 建物の中に、いきなり1つずつの靴箱があり、その奥は左右に広がっている。右に行くと大きな部屋があった。どうやら大きなダイニングのようだ。たくさんのテーブルが並んでいる。振り向くと、そこには空っぽの空間があった。きっとキッチンだ。



「ここはこれでいいか?」


「ここに住む人が集まって食べる場所なのね?」


「そうだ。食べたりミーティングをしたり、ゲームをしたりして寛ぐ場所になるだろう」



 今度は反対側に歩いて行く。一人部屋が幾つも並んで、その奥に大きな浴場ができていた。大浴場だ。



「とても広いのね」


「特別広いわけはないと思うが、順番に入るにはちょうどいいだろう」



 レオンは点検もしている。たくさんのシャワーが並んでいる。



「よし、ここもいいな」



 手を引かれて、今度は中央にある階段を上っていく。


 2階に上がると、白い壁の部屋が並んでいる。ベッドまでできている。二段ベッドが2つずつ部屋に置かれている。各部屋を見て歩く。どの部屋も同じだ。3階に上がると、全て4人部屋になっていた。4階も5階も同じ部屋が並んでいた。全ての部屋を確認してレオンは納得した顔をした。 



「住む場所があれば、後は、追々でいいかな?」


「やっぱり魔王様は大変ね」


「魔界を全て、この騎士団達が守るんだ。俺より大変だろう」


「魔界って広いの?」


「ああ、いろんな種族がいるから、かなり広い。人間界より広いだろう」


「そうなの?」


「次はドラゴンの住処だ」


「ドラゴンって何?」



 レオンは笑った。



「ここに来たら、見せてやる」


「うん」



 レオンはアリエーテを抱えると、瞬間移動した。寄宿舎の横に大きな牛を飼うように建物ができた。



「ドラゴンは大きいの?」


「ああ、かなり大きい」


「もしかしたら、空を飛んだりするの?」


「どうかな?」


「昔、王立図書館に行ったときに、空を飛ぶ大きな鳥が出てくるお話が書かれていたの」



 アリエーテの目がキラキラしている。



「早く見てみたいわ」



 レオンはまたアリエーテを抱えると瞬間移動をして、今度は薔薇園に戻ってきた。



「ここはどうするかな?欲しい物はあるか?」


「思い浮かばないわ」


「そうだ」



 レオンはまた地面に手を突いた。

 その瞬間、通路が二つできて、左右と真ん中に緑色の地面ができた。



「全部薔薇を植えよう。四季咲きの薔薇で、年中薔薇が咲くようにしよう」


「全部、薔薇園ね」


「植木職人がさぞかし喜ぶだろう」


「わたしも嬉しいわ。綺麗な薔薇は大好きだもの」



 揃いの夫婦の証も、美しい薄紅色の薔薇だ。


 この美しい薔薇を一生散らすことなく、咲かせておきたい。



「いつでも引っ越ししてこいと言えるな」


「レオン、すごく魔王らしい顔つきになったわ。最初に出会った時より素敵に見えるわ」



 レオンは照れくさそうに笑った。



「ああ……あの時はナンパみたいな声のかけ方だったな」


「そうね。変な人だと思えたもの。まさか悪魔だとは思えなかったし、あの時はレオンと魂の契約するつもりもなかった。海があるって教えてもらって、海に飛び込もうかと思っていたの。すぐに捕まってしまったけれど。魂は食べられると思っていたから、今、こうしているのが不思議よ」


「……アリエーテ、魂は食べたと同じだよ。この先転生はしない。俺が死んだら一緒に死ぬことになる」


「一緒に死ねるなら寂しくないわね」


「怖くないのか?」


「ええ、少しも怖くないわ。きっと幸せな人生を送れる。今、幸せだもの。レオンの子も産めたし、アンジュも可愛い。レオンも素敵だし、毎日、美味しいご飯が食べられる。こんな幸せな事はないわ」


「そうか」



 レオンはアリエーテを抱きしめて、屋敷に戻った。



「そろそろ、アンジュが泣き出す頃だ」


「そうね」



 部屋に入ると、アンジュがぐずりだしていた。モリーがおしめを替えている。



「ちょうど良かったです。アンジュ様、お腹が空いたようですよ」


「はい」



 アリエーテは綺麗に手を洗うと、アンジュを抱き上げた。


 アンジュは途端に甘えるように泣き出した。



「お腹が空いたのかな?それとも寂しかったのかな?」


「どっちもだな」



 アリエーテがカウチに座ると、レオンも隣に座った。


 アンジュが乳を飲む姿を、レオンはじっと見つめる。


 アンジュの青い瞳が、一生懸命にアリエーテを見ている。


 赤ん坊は、こうして母親の姿を覚えていくのだろうと、レオンは思った。



 ☆

 アンジュに離乳食が始まった。


 レオンはアリエーテから片時も離れたくはないが、王家に仕える騎士団が越してきた。


 レオンは魔王らしく挨拶して、王家で雇っていたコックを雇い、キッチンを充実させた。


 オーブンや必要な物は購入してもらい、建物はレオンが完成させた。


 1日がかりの仕事になり、アリエーテの警護はフルスに頼んだ。


 出かける前は必ずアリエーテとアンジュに結界を張る。


 アリエーテに魔界の知識を魔術で与えたら、治癒魔法の歌を魔界の文字で書き出した。



「みんなが使えたら、便利でしょう?」と笑う。



 治癒魔法でも2種類あるようで、炎症を抑える魔術と怪我を治す魔術があるという。


 アリエーテはアンジュに乳を与えるときに、治癒魔法の歌を歌うようになった。


 英才教育だと思ったが、確かに子守歌より、実用的だ。


 アンジュがアリエーテの真似をして、歌らしいものを歌い出した。


「マーマ」とアンジュがアリエーテを呼び、以前よりアリエーテとデートができなくなった。


 けれど賢いアンジュは、拗ねているレオンにも「パーパ」と呼んでくれる。お座りもできるようになった。子供の成長は早い。アンジュも連れて散歩に出るようになった。


 アリエーテが見たがったドラゴンを見に連れて行った。



「大きいのね。やっぱり翼があるわ。空を飛べるのね。すごいわ」


「ドラゴンは魔界の果てにある氷の森に住んでいる。それを捕まえて教育したドラゴンを魔界の見守りに騎士が乗って見て回っているんだ」


「みんな捕まってしまったの?」


「ここで繁殖したドラゴンもいる。元々獰猛だから、一人では見に来るな。俺の魔力に怯えておとなしいだけだからな」


「わかったわ」



 7体のドラゴンを観察して、アンジュは飽きてしまったのか、アリエーテの髪をしきりに握る。



「アンジュ、痛いわ」


「こら、ママの髪を引っ張ったら駄目だ」



 レオンがアンジュをアリエーテからひょいと抱き上げた。



「パーパ、マンマ」


「お腹が空いたのかな?」


「ちょっと日射しも強いから、喉が渇いたのかしれないな?戻るか?」


「うん」



 アリエーテはレオンの腕に捕まった。


 瞬間移動で、屋敷の部屋の前に着いた。



「ただいま」


「お帰りなさいませ」


「外は暑かったですか?」


「ええ、とても暑かったわ」


「すぐに飲み物を淹れますね」



 メリーがミニキッチンに立った。



「アンジュ様をお預かりしますね」



 モリーがレオンの腕から、アンジュを抱き上げた。


 アンジュのおしめをモリーが替えてくれる。


 メリーが冷たい紅茶を淹れてくれた。



「アイスティーね」


「そうでございます。今日は暑いですから」



 氷が浮かんだグラスを見ると、まだ人間界にいた頃を思い出す。


 久しぶりに冷たい紅茶を飲んで、おかわりももらった。


 アンジュはおしめを外されて気持ちがいいのか、治癒魔法の歌を歌っている。


「アンジュは賢い子ね」


「アリエーテが教えたんだろう?」


「無意識のうちに覚えた方が楽よ」


「効果はあるのか?」


「どうかしら?」


「マーマ、マーマ、オッパイ」


「アンジュ、おいで」



 今まで楽しそうに歌を歌っていたのに、急にぐずりだした。



「おねむかな?」



 アンジュがアリエーテの乳を飲み出した。アリエーテは治癒の歌を歌う。たっぷり飲むと、眠ってしまった。



「奥様もお休みくださいね」


「ええ、暑かったらシャワーを浴びてくるわ」


「行ってくるといい」



 メリーが着替えを持って来てくれる。



「そう言えば、レオンってどうしてこんなに暑いのに、いつもタキシードを着ているの?」


「それは……」



 レオンはアリエーテを見て微笑んだ。



「内緒だ」


「後で教えてね」


「シャワーに行っておいで」


「うん」



 アリエーテはお風呂場に入っていった。



 

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