第六章 魔王様 レオン編

第1話   戴冠式

 レオンは指の先に傷をつけると、血だまりを作った。血だまりを親指大まで大きくすると、それを固めて、ネックレスを通した。



「これは魔王の血だ。アリエーテの体内のみで溶けて、アリエーテの危機を救う。これから、必ず身につけていてくれ」


「お守りですか?」


「そうだ。魔王の血は万能薬だ」



 アリエーテは首を傾げる。



「どうかしたのか?」


「レオン、魔王の血が万能薬なら、お姉様の腫瘍も治せるのではありませんか?」


「……そうだな?オルビスは試したのか?」


「後で聞いてみてください」


「そうしよう」



 レオンはアリエーテの首にネックレスを付けると、着替えてくるように部屋に連れて行った。


 モリーに抱かれていたアンジュを抱き上げる姿は、すっかりお父さんの顔だ。



「いっぱいママに乳を飲ませてもらえよ」


「あうあう」



 レオンはあやした後に、アンジュをそっと渡してくれる。



「アンジュ、今日はパパもママも大変な1日だから、おとなしくしていてね」


「あうあう」



 機嫌のいいアンジュに乳を飲ませ、モリーに預ける。


 メリーがドレスを着せてくれた。


 いつの間にか作られていた白い美しいドレスを身につけると、レオンは真新しタキシードを身につけていた。


 アンジュも白いドレスを着せられている。


 レオンはモリーとメリーも連れて、オルビスの宮殿に飛んだ。


 先代の魔王達に挨拶して歩き、赤ん坊の顔を見て、皆微笑んだ。「目が黒くない」と文句を言う者もいたが、アリエーテの顔を見て納得している。


 アンジュはアリエーテによく似た顔立ちをしている。澄んだ青い瞳は天使のようで、誰もが悪魔らしくないと口にしたが、レオンもアリエーテもアンジュは美しく素直で、心の穢れのない子に育って欲しいと願っている。


 歴代の魔王達に挨拶し終えると、オルビスがヘルメースを連れてやって来た。


 ヘルメースは体調が悪そうだった。


 顔色も悪い。



「アリエーテ、ごめんなさいね。嫉妬をしていたの。アリエーテも赤ちゃんも無事で良かったわ」



 ヘルメースは深く頭を下げた。



「お姉様、もう忘れましょう。これからは仲良くしてください」



 アリエーテも頭を下げた。



「兄上、そう言えば、姉上に魔王の血を与えましたか?」


「……そうだった!」



 オルビスは大声を上げた。



「やはり忘れていたのだな?」


「失念していた」


「今すぐ、与えてはどうだ?」


「いや、式典がある。これが終わってからでないと、ヘルメースも休めないだろう」


「では、式典は簡略でしてしまおう」



 レオンはアリエーテを連れて、さっさと壇上に上がっていく。


 急いでオルビスがヘルメースを連れて、後を追った。


 壇上に並んで、オルビスが魔王の証の冠をレオンにかぶせ、ヘルメースは王妃の王冠をアリエーテにかぶせた。



「これにて、戴冠の引き継ぎを終える」



 オルビスは頭を下げると、ヘルメースを連れて、壇上を降りた。


 その後を、レオンとアリエーテも降りた。


 皆があまりにも早い戴冠式に、いつ拍手を送ったらいいのか戸惑っているうちに、壇上には誰もいなくなった。



「オルビス、諦めるなよ」


「ああ、気付かせてくれて助かった」


「アリエーテが気付いた」


「そうか、アリエーテ、ありがとう」


「お姉様をお願いします」



 アリエーテは頭を下げた。


 オルビスはヘルメースを抱き上げると、消えた。


 戴冠式を終えると、パーティーが始まった。


 歴代の魔王達が、ダンスを踊ったり、食事をしたりしている。


 レオンとアリエーテは魔王の座に座り、モリーからアンジュをもらう。


 ご機嫌のアンジュは、アリエーテとレオンの間を行ったり来たりしている。


 モリーとメリーが、傍に控えている。


 年老いた歴代の魔王達は、そんな姿を見て、頬を緩ましている。



「ヘルメースは子供ができなかったが、今度こそお世継ぎが生まれるかもしれないぞ」


「今度は魔王らしく、黒い瞳の子を産んでくれ」



 魔王の席に赤子の顔を見に来た歴代の魔王達は、それでも、愛らしい顔のアンジュの顔を見ると、顔をにやけさせて戻って行く。



「お姉様は1000年もの間、大変でしたね」


「そうだな。ストレスも溜まるだろう」


「わたしも次に子供ができるか分からないのに」


「プレッシャーだけ与えていくんだな?」


「でも、お姉様の病気が治ったら、赤ちゃんができるかもしれないわ」


「魔力の強い者が魔王になる決まりだ。オルビスや俺より強い者が現れたら、隠居だ」



 レオンは、もう隠居の楽しみを語っている。



「アリエーテが生きていてくれるなら、魔王も悪くはないけどな」



 レオンの腕の中で、アンジュが眠った。


 起こさないように、抱いている。


 穏やかな表情に、アリエーテも愛しさが芽生えてくる。



「レオン、好きよ」


「アリエーテ、こんなところで愛を囁かないでくれ。抱きしめたくなるだろう?」


「アンジュを抱いている姿は、優しいパパの姿よ。どこからどう見ても魔王には見えないわ」



 アリエーテは微笑んだ。

 

 左の青い瞳の奥に、レオンの刻んだ魔方陣が微かに見える。


 レオンはその瞳を見て、アリエーテを我が物だと思う。

 


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