第六章 魔王様 レオン編
第1話 戴冠式
☆
レオンは指の先に傷をつけると、血だまりを作った。血だまりを親指大まで大きくすると、それを固めて、ネックレスを通した。
「これは魔王の血だ。アリエーテの体内のみで溶けて、アリエーテの危機を救う。これから、必ず身につけていてくれ」
「お守りですか?」
「そうだ。魔王の血は万能薬だ」
アリエーテは首を傾げる。
「どうかしたのか?」
「レオン、魔王の血が万能薬なら、お姉様の腫瘍も治せるのではありませんか?」
「……そうだな?オルビスは試したのか?」
「後で聞いてみてください」
「そうしよう」
レオンはアリエーテの首にネックレスを付けると、着替えてくるように部屋に連れて行った。
モリーに抱かれていたアンジュを抱き上げる姿は、すっかりお父さんの顔だ。
「いっぱいママに乳を飲ませてもらえよ」
「あうあう」
レオンはあやした後に、アンジュをそっと渡してくれる。
「アンジュ、今日はパパもママも大変な1日だから、おとなしくしていてね」
「あうあう」
機嫌のいいアンジュに乳を飲ませ、モリーに預ける。
メリーがドレスを着せてくれた。
いつの間にか作られていた白い美しいドレスを身につけると、レオンは真新しタキシードを身につけていた。
アンジュも白いドレスを着せられている。
レオンはモリーとメリーも連れて、オルビスの宮殿に飛んだ。
先代の魔王達に挨拶して歩き、赤ん坊の顔を見て、皆微笑んだ。「目が黒くない」と文句を言う者もいたが、アリエーテの顔を見て納得している。
アンジュはアリエーテによく似た顔立ちをしている。澄んだ青い瞳は天使のようで、誰もが悪魔らしくないと口にしたが、レオンもアリエーテもアンジュは美しく素直で、心の穢れのない子に育って欲しいと願っている。
歴代の魔王達に挨拶し終えると、オルビスがヘルメースを連れてやって来た。
ヘルメースは体調が悪そうだった。
顔色も悪い。
「アリエーテ、ごめんなさいね。嫉妬をしていたの。アリエーテも赤ちゃんも無事で良かったわ」
ヘルメースは深く頭を下げた。
「お姉様、もう忘れましょう。これからは仲良くしてください」
アリエーテも頭を下げた。
「兄上、そう言えば、姉上に魔王の血を与えましたか?」
「……そうだった!」
オルビスは大声を上げた。
「やはり忘れていたのだな?」
「失念していた」
「今すぐ、与えてはどうだ?」
「いや、式典がある。これが終わってからでないと、ヘルメースも休めないだろう」
「では、式典は簡略でしてしまおう」
レオンはアリエーテを連れて、さっさと壇上に上がっていく。
急いでオルビスがヘルメースを連れて、後を追った。
壇上に並んで、オルビスが魔王の証の冠をレオンにかぶせ、ヘルメースは王妃の王冠をアリエーテにかぶせた。
「これにて、戴冠の引き継ぎを終える」
オルビスは頭を下げると、ヘルメースを連れて、壇上を降りた。
その後を、レオンとアリエーテも降りた。
皆があまりにも早い戴冠式に、いつ拍手を送ったらいいのか戸惑っているうちに、壇上には誰もいなくなった。
「オルビス、諦めるなよ」
「ああ、気付かせてくれて助かった」
「アリエーテが気付いた」
「そうか、アリエーテ、ありがとう」
「お姉様をお願いします」
アリエーテは頭を下げた。
オルビスはヘルメースを抱き上げると、消えた。
戴冠式を終えると、パーティーが始まった。
歴代の魔王達が、ダンスを踊ったり、食事をしたりしている。
レオンとアリエーテは魔王の座に座り、モリーからアンジュをもらう。
ご機嫌のアンジュは、アリエーテとレオンの間を行ったり来たりしている。
モリーとメリーが、傍に控えている。
年老いた歴代の魔王達は、そんな姿を見て、頬を緩ましている。
「ヘルメースは子供ができなかったが、今度こそお世継ぎが生まれるかもしれないぞ」
「今度は魔王らしく、黒い瞳の子を産んでくれ」
魔王の席に赤子の顔を見に来た歴代の魔王達は、それでも、愛らしい顔のアンジュの顔を見ると、顔をにやけさせて戻って行く。
「お姉様は1000年もの間、大変でしたね」
「そうだな。ストレスも溜まるだろう」
「わたしも次に子供ができるか分からないのに」
「プレッシャーだけ与えていくんだな?」
「でも、お姉様の病気が治ったら、赤ちゃんができるかもしれないわ」
「魔力の強い者が魔王になる決まりだ。オルビスや俺より強い者が現れたら、隠居だ」
レオンは、もう隠居の楽しみを語っている。
「アリエーテが生きていてくれるなら、魔王も悪くはないけどな」
レオンの腕の中で、アンジュが眠った。
起こさないように、抱いている。
穏やかな表情に、アリエーテも愛しさが芽生えてくる。
「レオン、好きよ」
「アリエーテ、こんなところで愛を囁かないでくれ。抱きしめたくなるだろう?」
「アンジュを抱いている姿は、優しいパパの姿よ。どこからどう見ても魔王には見えないわ」
アリエーテは微笑んだ。
左の青い瞳の奥に、レオンの刻んだ魔方陣が微かに見える。
レオンはその瞳を見て、アリエーテを我が物だと思う。
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