第3話   まさかの妊娠

「駄目です。やっと小さくなってきた黒い塊なのに、ここで気を緩めたら、元に戻ってしまいます」


「それでも、アリエーテ。自分自身を見てごらん。ヘルメースの治療を始めてから、アリエーテはずいぶん痩せてしまったではないか?治療の後は倒れるように眠ってしまう。身を削るような治療はして欲しくはない」


「それでも、ヘルメース様はお姉様なのでしょ?わたしの治療で良くなるなら、治して差し上げたい」


「アリエーテが無理をして倒れるところを見たくはないのだ」


「レオン、わたし、レオンと一緒に少しでも過ごしたいし、お姉様も治して差し上げたいの」



 アリエーテは突然口元を押さえて、ミニキッチンの水道の蛇口を開いた。



「アリエーテ、治療はここまでだ」



 レオンはアリエーテの下腹部をじっくりと見た。小さな拍動が見える。



「妊娠ですね」



 フルスもアリエーテの様子を見て、答えた。



「わたしが妊娠?レオンの赤ちゃんがいるの?」


「そうだ。何故、今まで気付かなかったのだろう。アリエーテ下腹部に小さな拍動が見える」



 アリエーテは嬉しそうに下腹部に触れる。



「赤ちゃんがいるのね?」


「ああ、俺とアリエーテの子だ」



 レオンは嬉しそうに、アリエーテを抱きしめた。


 モリーとメリーが拍手をしている。


 フルスは敬礼をしていた。


 治療はアリエーテが妊娠したことで、中止になった。


 アリエーテを部屋で休ませて、レオンは兄の元にやって来た。



「兄上、すまないが、姉上の治療はいったん中止にして欲しい。アリエーテが妊娠した」



 オルビスとヘルメースは、落胆したような顔をした。


 ヘルメースの臨月のようなお腹が、やっと小さくなってきた所だった。透視をしても明らかに腫瘍は小さくなってきていた。


 希望を持った後の落胆は大きいだろう。



「アリエーテは治療後、疲労で倒れている。妊娠を継続させるなら、治療は無理だ。アリエーテの体にも赤ん坊の体にも負担がかかる」


「妊娠はめでたいことだ。妊婦のアリエーテに負担をかけ続けるのも良くはないだろう」



 オルビスは妻の肩を抱いた。



「姉上、すまない」


「いいえ、せっかく妊娠したのですもの。お体を労ってくださいとアリエーテに伝えてください」



 レオンはお辞儀をすると、姿を消した。



「レオン、お姉様は怒っていなかった?」


「ああ、体を労るように言っていた」


「そう、ありがとう」



 レオンはアリエーテを膝に載せて、抱きしめた。



「お姉様の腫瘍がまた大きくならなければいいのだけど」


「ヘルメースのお腹は、もう何百年も臨月のようなお腹をしていたからな」


「炎症を治す魔法が使える者はいないのですか?」


「傷を治すことはできても、炎症まで治せる者は、まだ見つかっていない。もし見つかっていれば、魔王の屋敷に招かれているだろう」


「……そうね」



 アリエーテはまだ膨らみもないお腹を撫でる。



「レオンには赤ちゃんが見えるの?」


「ああ、見える。指を吸っているな」



 アリエーテは微笑んだ。



「男の子か女の子か分かっても、教えないでね。産む楽しみがなくなってしまうわ」


「知りたくはないのか?」


「とても知りたいけれど、どんな赤ちゃんでも育ててあげたいの」


「もちろん、どんな子供が生まれてきても、きちんと育てよう」



 レオンの手が、アリエーテの手と重なる。


 アリエーテは大好きなレオンとレオンの子供を授かって、幸せだった。




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