第3話 まさかの妊娠
☆
「駄目です。やっと小さくなってきた黒い塊なのに、ここで気を緩めたら、元に戻ってしまいます」
「それでも、アリエーテ。自分自身を見てごらん。ヘルメースの治療を始めてから、アリエーテはずいぶん痩せてしまったではないか?治療の後は倒れるように眠ってしまう。身を削るような治療はして欲しくはない」
「それでも、ヘルメース様はお姉様なのでしょ?わたしの治療で良くなるなら、治して差し上げたい」
「アリエーテが無理をして倒れるところを見たくはないのだ」
「レオン、わたし、レオンと一緒に少しでも過ごしたいし、お姉様も治して差し上げたいの」
アリエーテは突然口元を押さえて、ミニキッチンの水道の蛇口を開いた。
「アリエーテ、治療はここまでだ」
レオンはアリエーテの下腹部をじっくりと見た。小さな拍動が見える。
「妊娠ですね」
フルスもアリエーテの様子を見て、答えた。
「わたしが妊娠?レオンの赤ちゃんがいるの?」
「そうだ。何故、今まで気付かなかったのだろう。アリエーテ下腹部に小さな拍動が見える」
アリエーテは嬉しそうに下腹部に触れる。
「赤ちゃんがいるのね?」
「ああ、俺とアリエーテの子だ」
レオンは嬉しそうに、アリエーテを抱きしめた。
モリーとメリーが拍手をしている。
フルスは敬礼をしていた。
治療はアリエーテが妊娠したことで、中止になった。
アリエーテを部屋で休ませて、レオンは兄の元にやって来た。
「兄上、すまないが、姉上の治療はいったん中止にして欲しい。アリエーテが妊娠した」
オルビスとヘルメースは、落胆したような顔をした。
ヘルメースの臨月のようなお腹が、やっと小さくなってきた所だった。透視をしても明らかに腫瘍は小さくなってきていた。
希望を持った後の落胆は大きいだろう。
「アリエーテは治療後、疲労で倒れている。妊娠を継続させるなら、治療は無理だ。アリエーテの体にも赤ん坊の体にも負担がかかる」
「妊娠はめでたいことだ。妊婦のアリエーテに負担をかけ続けるのも良くはないだろう」
オルビスは妻の肩を抱いた。
「姉上、すまない」
「いいえ、せっかく妊娠したのですもの。お体を労ってくださいとアリエーテに伝えてください」
レオンはお辞儀をすると、姿を消した。
☆
「レオン、お姉様は怒っていなかった?」
「ああ、体を労るように言っていた」
「そう、ありがとう」
レオンはアリエーテを膝に載せて、抱きしめた。
「お姉様の腫瘍がまた大きくならなければいいのだけど」
「ヘルメースのお腹は、もう何百年も臨月のようなお腹をしていたからな」
「炎症を治す魔法が使える者はいないのですか?」
「傷を治すことはできても、炎症まで治せる者は、まだ見つかっていない。もし見つかっていれば、魔王の屋敷に招かれているだろう」
「……そうね」
アリエーテはまだ膨らみもないお腹を撫でる。
「レオンには赤ちゃんが見えるの?」
「ああ、見える。指を吸っているな」
アリエーテは微笑んだ。
「男の子か女の子か分かっても、教えないでね。産む楽しみがなくなってしまうわ」
「知りたくはないのか?」
「とても知りたいけれど、どんな赤ちゃんでも育ててあげたいの」
「もちろん、どんな子供が生まれてきても、きちんと育てよう」
レオンの手が、アリエーテの手と重なる。
アリエーテは大好きなレオンとレオンの子供を授かって、幸せだった。
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