第2話   お姉様の悩み

 悪魔になっても、アリエーテには瞬間移動はできない。誰かに連れていってもらうか、訪ねてきて来てもらうより誰かと出会う手段はない。


 ある日、アリエーテの部屋に姉のヘルメースがやって来た。


 侍女達は気を遣い、席を離れた。


 アリエーテの護衛のフルスは、アリエーテに結界を張ってドアの外に出た。その徹底ぶりに、ヘルメースは苦笑を漏らしていた。



「次に死んだら、わたしは生まれ変わることはできないんですって」



 レオンと契約をした為に、魂はレオンの物になり、もし死んでしまったら、契約者のレオンの元で彷徨う事になるらしい。生まれ変わるとしたら、人形の中に魂を入れられる事になるらしい。アリエーテの転生は、これで終わると言われた。だからこそ、レオンはアリエーテを過保護なほどしっかり守る。


 その事を告げられたのは、まだつい最近だ。


 余りに警護が厳しいので、厳し過ぎるとレオンに言ったら、レオンは泣き出しそうな顔をして、真実を話してくれた。


 次の転生がないのなら、アリエーテも死にたくはない。できるなら、今の幸せな生活を1日でも長く続けたい。


 魔王は永遠の時間をもらうが、普通の魔族は長寿なだけで永遠の時間は与えられないらしい。


 それなら、レオンが生きている限り生きられるようにしたい。


 一人で残されるのは寂しい。レオンと共に生きてレオンと共に死にたいと思った。



「アリエーテは、もう何度も人生を生きてきたのだから、そろそろ落ちついたらいいわ」



 姉のヘルメースは、冗談めかしてそう言った。



「お姉様は、永遠の命を持っていらっしゃるのね?」


「途中で病気や怪我を負えば、死んでしまうこともあるそうよ」


「永遠の命と言っても、全てでは無いのね」


「ええ、そうなの」


「アリエーテ、わたくしのお腹に触れてみて」


「はい」



 アリエーテは言われたように、姉のお腹に触れる。


 お腹がふっくら膨らんでいる。



「赤ちゃんがいるんですか?」


「いえ、違うの。子宮の病気らしいの」


「……そんな」


「わたくしには、子供は一人しかいないの。魔力の低い男の子ですけれど、魔王を継ぐのは難しいと言われています。子供は既に1000歳を迎えるの。公爵家の娘と結婚して、他の屋敷で暮らしています。わたくしはお世継ぎの産めない王妃と言われているの」


「お姉様、わたし治癒魔法を使えますの。試してもいいでしょうか?」


「人間だったのに治癒魔法を使えるの?」


「ええ、わたしは聖女でしたので、いろんな祈りを学んでいます」


「それなら、試してみてくれる?」


「はい」



 アリエーテは姉にカウチに横になるようにお願いして、アリエーテは床に膝をつき、お腹に手を翳し、呪文の歌を歌う。


 アリエーテの脳裏に見たこともない黒い塊が見えた。


 わずかにお腹の膨らみは取れたようだが、まだお腹は妊婦のように膨らんでいる。



「レオン様は怪我の治療をなさいます。魔王様も同等の魔術を使えると言っておいでになりました。相談はなさいましたか?」


「傷の手当てはできるけれど、炎症を治す治療はできないらしいのです」



 そういえば、レオンも同じ事を言っていた。



「毎日、通えますか?気になる物が見えました」


「それなら、しばらく通わせてもらうわね」



 お姉様は、美味しいお茶を淹れてくれた。


 まだ不慣れなアリエーテに、お茶の入れ方を教えてくれる。



「慣れれば、簡単よ」


「はい、練習しておきます」



 姉は微笑むと瞬間移動で帰って行った。


 脳裏に浮かんだ黒い塊は何だろう。


 レオンが来たので、アリエーテは脳裏に浮かんで見えた黒い物が何か聞いてみた。



「ヘルメースは、結婚したと同時に妊娠したが、それきり子供には恵まれてはいない。魔王の王妃は子沢山でなくてはならないが、どうしても子供ができないんだ」


「黒い影と何か関係があるのかしら?」


「兄はヘルメースのお腹に何かあるとは気付いているが、治療ができないと悩んでいたが、アリエーテには治せそうなのか?」


「わずかに黒い塊が小さくなったように感じましたが、試してみないと分かりません」


「無理をしない程度に、治癒魔法を使ってみてくれ。兄にも伝えておこう」


「お願いします」



 その日からヘルメースは治療に通い出した。


 黒い影は少しずつ小さくなり、姉のお腹もだんだん小さくなってきたが、まだ陰は大きい。


 子宮の病気で赤ちゃんが生まれないのは、さぞかし辛いだろう。


 姉は本当に毎日、通ってくる。一ヶ月ほど過ぎたある日、魔王様も一緒に来られた。



「毎日、申し訳ない」


「わたしの祈りで治ればいいのですが……」


「私の目には腫瘍に見えていたのだが」


「腫瘍ですか?」



 腫瘍の治療はしたことがなかった。



「効果はあるようなので、続けてみます」



 アリエーテは気を集中させて、治癒の歌を歌い続けるが1時間も歌っていると、アリエーテに疲れが出てしまう。1回の治療は、1時間が限界だ。



「何時間も続けられたらいいのですが、すみません」

「いいえ、以前よりお腹が小さくなってきました。日々の効果はあると思います」



 ヘルメースははかなく微笑む。魔王様はそんな彼女を優しく受け止める。



「アリエーテ、ありがとう。また頼む」


「はい」



 アリエーテがお辞儀をすると、二人の姿は消えた。


 アリエーテは姉が寝転んでいたカウチに、お行儀悪く横になる。


 疲労で、眠りがやってくる。

 フルスが部屋に入り、モリーとメリーが部屋に戻って来ても、アリエーテはぐっすり眠っている。



「無理をしているのだな?」



 レオンが現れ、アリエーテの頭を撫でる。

 モリーがアリエーテにブランケットを掛けた。



「治療の時間を短くなさったら如何でしょう?毎日、治療の後は、倒れるように眠ってしまいます。お体にも触るでしょう?」



 毎日見ているフルスが見かねて、声をかけた。



「アリエーテが起きたら、相談しよう。こんな生活をしていたら、アリエーテの体に負担がかかってしまう」


「それがいいでしょう。毎日ではなく、1日置きにするとか、最近のアリエーテ様は少し窶れておいでです」


「それは俺も気になっていた。痩せるところなどないと思っていたが、益々痩せてきている」



レオンはカウチの横に小さな椅子を出すと、そこに座り眠るアリエーテを見つめる。



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