第2話 お姉様の悩み
☆
悪魔になっても、アリエーテには瞬間移動はできない。誰かに連れていってもらうか、訪ねてきて来てもらうより誰かと出会う手段はない。
ある日、アリエーテの部屋に姉のヘルメースがやって来た。
侍女達は気を遣い、席を離れた。
アリエーテの護衛のフルスは、アリエーテに結界を張ってドアの外に出た。その徹底ぶりに、ヘルメースは苦笑を漏らしていた。
「次に死んだら、わたしは生まれ変わることはできないんですって」
レオンと契約をした為に、魂はレオンの物になり、もし死んでしまったら、契約者のレオンの元で彷徨う事になるらしい。生まれ変わるとしたら、人形の中に魂を入れられる事になるらしい。アリエーテの転生は、これで終わると言われた。だからこそ、レオンはアリエーテを過保護なほどしっかり守る。
その事を告げられたのは、まだつい最近だ。
余りに警護が厳しいので、厳し過ぎるとレオンに言ったら、レオンは泣き出しそうな顔をして、真実を話してくれた。
次の転生がないのなら、アリエーテも死にたくはない。できるなら、今の幸せな生活を1日でも長く続けたい。
魔王は永遠の時間をもらうが、普通の魔族は長寿なだけで永遠の時間は与えられないらしい。
それなら、レオンが生きている限り生きられるようにしたい。
一人で残されるのは寂しい。レオンと共に生きてレオンと共に死にたいと思った。
「アリエーテは、もう何度も人生を生きてきたのだから、そろそろ落ちついたらいいわ」
姉のヘルメースは、冗談めかしてそう言った。
「お姉様は、永遠の命を持っていらっしゃるのね?」
「途中で病気や怪我を負えば、死んでしまうこともあるそうよ」
「永遠の命と言っても、全てでは無いのね」
「ええ、そうなの」
「アリエーテ、わたくしのお腹に触れてみて」
「はい」
アリエーテは言われたように、姉のお腹に触れる。
お腹がふっくら膨らんでいる。
「赤ちゃんがいるんですか?」
「いえ、違うの。子宮の病気らしいの」
「……そんな」
「わたくしには、子供は一人しかいないの。魔力の低い男の子ですけれど、魔王を継ぐのは難しいと言われています。子供は既に1000歳を迎えるの。公爵家の娘と結婚して、他の屋敷で暮らしています。わたくしはお世継ぎの産めない王妃と言われているの」
「お姉様、わたし治癒魔法を使えますの。試してもいいでしょうか?」
「人間だったのに治癒魔法を使えるの?」
「ええ、わたしは聖女でしたので、いろんな祈りを学んでいます」
「それなら、試してみてくれる?」
「はい」
アリエーテは姉にカウチに横になるようにお願いして、アリエーテは床に膝をつき、お腹に手を翳し、呪文の歌を歌う。
アリエーテの脳裏に見たこともない黒い塊が見えた。
わずかにお腹の膨らみは取れたようだが、まだお腹は妊婦のように膨らんでいる。
「レオン様は怪我の治療をなさいます。魔王様も同等の魔術を使えると言っておいでになりました。相談はなさいましたか?」
「傷の手当てはできるけれど、炎症を治す治療はできないらしいのです」
そういえば、レオンも同じ事を言っていた。
「毎日、通えますか?気になる物が見えました」
「それなら、しばらく通わせてもらうわね」
お姉様は、美味しいお茶を淹れてくれた。
まだ不慣れなアリエーテに、お茶の入れ方を教えてくれる。
「慣れれば、簡単よ」
「はい、練習しておきます」
姉は微笑むと瞬間移動で帰って行った。
脳裏に浮かんだ黒い塊は何だろう。
レオンが来たので、アリエーテは脳裏に浮かんで見えた黒い物が何か聞いてみた。
「ヘルメースは、結婚したと同時に妊娠したが、それきり子供には恵まれてはいない。魔王の王妃は子沢山でなくてはならないが、どうしても子供ができないんだ」
「黒い影と何か関係があるのかしら?」
「兄はヘルメースのお腹に何かあるとは気付いているが、治療ができないと悩んでいたが、アリエーテには治せそうなのか?」
「わずかに黒い塊が小さくなったように感じましたが、試してみないと分かりません」
「無理をしない程度に、治癒魔法を使ってみてくれ。兄にも伝えておこう」
「お願いします」
その日からヘルメースは治療に通い出した。
黒い影は少しずつ小さくなり、姉のお腹もだんだん小さくなってきたが、まだ陰は大きい。
子宮の病気で赤ちゃんが生まれないのは、さぞかし辛いだろう。
姉は本当に毎日、通ってくる。一ヶ月ほど過ぎたある日、魔王様も一緒に来られた。
「毎日、申し訳ない」
「わたしの祈りで治ればいいのですが……」
「私の目には腫瘍に見えていたのだが」
「腫瘍ですか?」
腫瘍の治療はしたことがなかった。
「効果はあるようなので、続けてみます」
アリエーテは気を集中させて、治癒の歌を歌い続けるが1時間も歌っていると、アリエーテに疲れが出てしまう。1回の治療は、1時間が限界だ。
「何時間も続けられたらいいのですが、すみません」
「いいえ、以前よりお腹が小さくなってきました。日々の効果はあると思います」
ヘルメースははかなく微笑む。魔王様はそんな彼女を優しく受け止める。
「アリエーテ、ありがとう。また頼む」
「はい」
アリエーテがお辞儀をすると、二人の姿は消えた。
アリエーテは姉が寝転んでいたカウチに、お行儀悪く横になる。
疲労で、眠りがやってくる。
フルスが部屋に入り、モリーとメリーが部屋に戻って来ても、アリエーテはぐっすり眠っている。
「無理をしているのだな?」
レオンが現れ、アリエーテの頭を撫でる。
モリーがアリエーテにブランケットを掛けた。
「治療の時間を短くなさったら如何でしょう?毎日、治療の後は、倒れるように眠ってしまいます。お体にも触るでしょう?」
毎日見ているフルスが見かねて、声をかけた。
「アリエーテが起きたら、相談しよう。こんな生活をしていたら、アリエーテの体に負担がかかってしまう」
「それがいいでしょう。毎日ではなく、1日置きにするとか、最近のアリエーテ様は少し窶れておいでです」
「それは俺も気になっていた。痩せるところなどないと思っていたが、益々痩せてきている」
レオンはカウチの横に小さな椅子を出すと、そこに座り眠るアリエーテを見つめる。
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