第五章 オルビス編

第1話   魔王とお妃

 レオンとアリエーテは結ばれた。


 既に婚姻の証がある二人にとっては、関係が恋人から本物の夫婦に変わっただけだったが、二人は幸せだった。


 レオンは屋敷に宝石商を呼んで、アリエーテに指輪を贈った。普段着に身につけられるネックレスも数点購入してくれた。


 末っ子のアリエーテは、いつも姉から借りていたので、自分のアクセサリーを持つのは初めてだった。揃いの指輪に、美しい指輪を重ねづけして、同色のネックレスを付けるのが最近のお気に入りだ。



「そろそろ兄に会わせたい」


「お兄さん?」


「アリエーテの姉の旦那さんになるな」


「お姉さん?」


「会ってみたいだろう?」


「わたしは覚えていないけれど、お姉さんはわたしを覚えているのかしら?」



 1000年の年月は永遠のような時間だと思う。


 果たして、そんな昔の事など覚えているだろうか?



「1000年前のアリエーテは15歳で命を落とした。ご両親にも会わせてあげたい」



 アリエーテは頷いた。



「家族が喜んでくれるのならば、会ってみたいです」


「兄に連絡してみたら、いつでもいいと言われた。アリエーテの両親に連絡したら、すぐにでも会いたいと言われた」



 アリエーテは微笑んだ。



「覚えていないのに、なんだか申し訳ないわ」


「ありのままでいい。皆、転生してここにいることを知っている。心配もいらない」


「レオンにお任せします」


「では、明日、魔王の屋敷に出向こう」


「何を着ていけばいいのでしょう?」


「普段着でいいだろう。畏まらなくてもいい」


「はい」



 モリーとメリーは、少し畏まった洋服を選別して、出してきた。



「奥様、この辺りがよろしいかと思いますが」



 ずらりと並んだワンピースの中から、レオンが一着のワンピースを選んだ。


 聖女のワンピースを思い出す白いワンピースだが、聖女のワンピースより豪華だ。スカートにフリルも付いているし、胸にもレースがあしらわれている。



「これでいいか?」


「はい、初めてお目にかかるなら、やはり清楚な白いワンピースがいいと思います」


「では、靴やバックを用意いたします」



 モリーとメリーはワンピースを受け取ると、準備を始めた。


 魔界に来てから、いつの間にか人間界で着ていた洋服から、魔界の洋服に替わっていた。


 一度、洋服屋が採寸に来てから、洋服が増えているような気がする。


 レオンが選んでいるのだろう。


 どの服も美しく上品で、色合いもアリエーテに似合っているので文句はないが、こんなにたくさんはいらないような気がするが、レオンがしたいのなら、レオンの気が済む方がいいだろう。


 アリエーテは毎日、レオンに愛されているのだと思わされる。


 宝を抱くように、アリエーテに触れるレオンを愛おしく思う。アリエーテもレオンにお礼をするように、従順に従って、レオンのために紅茶を淹れている。


 アリエーテにできることは少ないが、モリーとメリーに教わりながら、魔界の令嬢らしく作法を教えてもらっている。


 人間界と魔界では、やはり作法が違っていて、お辞儀の仕方やお茶の入れ方も違うようだ。


 食事の仕方は、レオンを見て学んでいる。


 元が人間であることを、皆が知っているので、皆が優しく導いてくれる。


 作法の先生をお願いしようかと、レオンに相談したら必要ないと言われた。


 ダンスの練習もレオンとしている。永遠のような時間があるならば、急がなくても良いのかもしれないとアリエーテも思うようになった。


 人間界と魔界では、時間の流れも違って思える。


 魔界はゆったりと時間が流れていく。時間の縛りも厳しくはない。


 聖女の時は、いつも時計を見ていたのに、魔界に来てからは、殆ど時計など見なくなった。


 レオンが席を外すときは、フルスが必ず隣にいる。フルスが休みの日は、パトークやリムネーの時もあるが、必ず、アリエーテの隣には護衛の誰かが着いている。


 レオンは、まだアリエーテが突然、死んでしまうことを恐れているのだと思う。


 アリエーテが眠りに落ちて、目を覚ますと、毎朝、レオンはホッとした笑みを浮かべる。



「おはよう、レオン」


「おはよう、アリエーテ」



 抱きしめられて起きると、互いに身支度を調える。


 アリエーテはモリーとメリーに綺麗にしてもらう。


 薄化粧をして、白いワンピースを身につけ、白い靴を履く。


 ネックレスは指輪とお揃いの美しい輝きを放つ物を付けてもらう。



「鞄の中には最低限の物が入っております。足りないときはご主人様に申し上げてください」


「はい」



 モリーからバックをもらうと、着替えのクローゼットの部屋から出て、アリエーテの部屋に向かう。



「今日も綺麗にしてもらったね」


「お待たせしてすみません」


「では、行くか?」


「はい」



 モリーとメリーは深くお辞儀をした。その瞬間に体が消えて、瞬き一つする間に、見知らぬ屋敷の前に来ていた。



「いらっしゃいませ。レオン様、どうぞお入りください」


「邪魔をする」



 屋敷を守っている騎士団長が出迎え、屋敷に向かう。門から屋敷の玄関まで、かなり距離がある。美しい庭園になっているが、ここを散歩していたら、お昼をすぎてしまいそうだと思ったら、レオンがアリエーテを抱きしめて、瞬間移動をした。玄関の前には、騎士が二人立っていた。



「いらっしゃいませ。レオン様。どうぞお入りください」



 扉を開けられて、レオンはやっと歩き出した。



「とても広いのね。お庭を散歩したら、あっという間に1日が過ぎそうね」


「一応、魔界で一番偉い人が住んでいる屋敷だからな」


「一番偉い人なのね?」


「畏まらなくていいからな。俺の兄だ。大したことはない」


「でも、魔王様でしょ?」



 アリエーテはレオンに手を引かれて、広間を横切り階段を上がろうとすると、パッと目の前に、男性と女性が現れた。



「ようこそ、やっと捕まえたか」


「ああ、やっと捕まえた」



 レオンが話しているのが、魔王様だろうか?レオンとよく似た顔立ちをしている。背丈も同じくらいだ。



「アリエーテ、魔王のオルビスだ。俺の双子の兄だ」


「双子なのですか?」


「ああ」



 レオンはスッキリさっぱりと魔王を紹介した。



「魔力は同じ程度だ。レオンが私に魔王の座を譲っただけで、力は同格。もしもの時があれば、レオンが魔王だ」


「勘弁してくれ。もしもの事は起こさないでくれ、やっとアリエーテを取り戻して、幸せなんだ」


「そうか」



 魔王は、優しげに微笑んだ。



「王妃のヘルメースだ。アリエーテの姉になる」



 ヘルメースはアリエーテに近づくと、その体を抱きしめた。



「別れた頃と変わらないわね?」


「王妃様、アリエーテと申します。生まれ変わり過去の事は覚えておりませんが、これからよろしくお願いします」


「あの頃のようにお姉様でいいのよ?」



 ヘルメースはアリエーテの髪を撫でている。



「いいのですか?記憶のないわたしでも」


「勿論よ。1000年も苦労をしたわね。レオン様がこれから幸せにしてくれるでしょう」


「はい」


「ここにも遊びにいらっしゃい。元々仲の良い姉妹でした。アリエーテが亡くなったと知らせが来たとき、いても立ってもいられず、号泣してしまったわ。また会えた奇跡を大切にしたいと思うの。また仲良くしてください」


「……お姉様」



 ヘルメースはまたアリエーテを抱きしめた。



「どうか、もう死なないで」


「はい。レオンが守ってくれています」


「そう。それは良かったわ。美しい婚礼の証も出ていますね。安心しました」



 ヘルメースはアリエーテの首に出ている婚礼の証に触れた。


 よく見ると、ヘルメースの婚礼の証はネックレスの下に出ている。形も色も違う。歪な花の形をしていた。


 形や色は人それぞれなのだと気付いた。



「お父様とお母様もお呼びしているの。もうすぐ来るわ。1000年ぶりに家族が揃うわね」


「……家族?」


「実感は湧かないかもしれないけれど、間違いなく家族よ」



 ヘルメースはアリエーテを腕に抱いたまま、顔を上げた。



「いらしたわ」


「……アリエーテ」



 まだ若々しく見えるのが、両親だろうか?



「お父様、お母様、レオン様がやっとアリエーテを探し出してくださいました」


「レオン様、ありがとうございます」


「挨拶が逆になって申し訳ないが、アリエーテと結婚した」


「はい」



 父が頷いた。



「アリエーテは人間界に生まれていた。人間はすぐに死んでしまう。どうしにかして魂を縛る必要があった。美しい瞳に契約の証を残させてもらった。傷物にして申し訳ない」


「いいえ、人間に生まれていたのなら仕方がありません。良く無事に魔界に連れてこられたと感謝しかありません」



 母という人は、ずっと涙を拭っている。


 ヘルメースが母の元にアリエーテを連れていった。



「お母様、どうぞ抱きしめてあげてください」


「アリエーテ、辛い思いをしてきたでしょう。母がもっとしっかりしていれば、アリエーテを失う事はなかったわ。本当にごめんなさい」


「お母様」



 母はアリエーテ抱きしめ、涙を流している。その母の上から父も抱きしめてきた。



「妻だけの責任ではない。私もしっかり家庭教師を見ておかなかったから起きた事件だった。どうか許してくれ」


「わたしは何も覚えていません。どうかご自身を責めないでください。わたしは今、とても幸せです」


「ありがとうアリエーテ」


「幸せであるなら、この幸せな時間を大切にしてほしい」



 父の願いだった。



「はい、精一杯幸せになります」



 両親が微笑んだ。



「さあ、親子の対面もできた。一緒に食事をしよう」



 魔王のオルビスは、妻のヘルメースを連れて、ダイニングに入っていく。


 レオンがアリエーテの手を繋いだ。



「人間界の家族は亡くしたが、魔界にはまだ家族はいる。家族に甘えるといい。親孝行にもなるだろう」


「レオン」


「そういうことだ。魔族は長寿だ。アリエーテを亡くしたことは、まだ昨日のことのように思えるだろう」


「レオン、ありがとう」



 レオンはニッと笑った。


 家族を亡くした悲しみを知った者同士、きっと魔界の家族ともうまくやっていけるだろうと思えた。


 皆で食べる料理も美味しくて、楽しくて、またこういう機会を開いてくれると、オルビスは約束してくれた。


 魔族の両親も家に遊びに来るといいと誘ってくれた。


 アリエーテに思い出はないが、皆の心の中には1000年の年を越えても、まだ思い出は残っているようだ。その事に喜びを感じた。



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