第五章 オルビス編
第1話 魔王とお妃
☆
レオンとアリエーテは結ばれた。
既に婚姻の証がある二人にとっては、関係が恋人から本物の夫婦に変わっただけだったが、二人は幸せだった。
レオンは屋敷に宝石商を呼んで、アリエーテに指輪を贈った。普段着に身につけられるネックレスも数点購入してくれた。
末っ子のアリエーテは、いつも姉から借りていたので、自分のアクセサリーを持つのは初めてだった。揃いの指輪に、美しい指輪を重ねづけして、同色のネックレスを付けるのが最近のお気に入りだ。
「そろそろ兄に会わせたい」
「お兄さん?」
「アリエーテの姉の旦那さんになるな」
「お姉さん?」
「会ってみたいだろう?」
「わたしは覚えていないけれど、お姉さんはわたしを覚えているのかしら?」
1000年の年月は永遠のような時間だと思う。
果たして、そんな昔の事など覚えているだろうか?
「1000年前のアリエーテは15歳で命を落とした。ご両親にも会わせてあげたい」
アリエーテは頷いた。
「家族が喜んでくれるのならば、会ってみたいです」
「兄に連絡してみたら、いつでもいいと言われた。アリエーテの両親に連絡したら、すぐにでも会いたいと言われた」
アリエーテは微笑んだ。
「覚えていないのに、なんだか申し訳ないわ」
「ありのままでいい。皆、転生してここにいることを知っている。心配もいらない」
「レオンにお任せします」
「では、明日、魔王の屋敷に出向こう」
「何を着ていけばいいのでしょう?」
「普段着でいいだろう。畏まらなくてもいい」
「はい」
モリーとメリーは、少し畏まった洋服を選別して、出してきた。
「奥様、この辺りがよろしいかと思いますが」
ずらりと並んだワンピースの中から、レオンが一着のワンピースを選んだ。
聖女のワンピースを思い出す白いワンピースだが、聖女のワンピースより豪華だ。スカートにフリルも付いているし、胸にもレースがあしらわれている。
「これでいいか?」
「はい、初めてお目にかかるなら、やはり清楚な白いワンピースがいいと思います」
「では、靴やバックを用意いたします」
モリーとメリーはワンピースを受け取ると、準備を始めた。
魔界に来てから、いつの間にか人間界で着ていた洋服から、魔界の洋服に替わっていた。
一度、洋服屋が採寸に来てから、洋服が増えているような気がする。
レオンが選んでいるのだろう。
どの服も美しく上品で、色合いもアリエーテに似合っているので文句はないが、こんなにたくさんはいらないような気がするが、レオンがしたいのなら、レオンの気が済む方がいいだろう。
アリエーテは毎日、レオンに愛されているのだと思わされる。
宝を抱くように、アリエーテに触れるレオンを愛おしく思う。アリエーテもレオンにお礼をするように、従順に従って、レオンのために紅茶を淹れている。
アリエーテにできることは少ないが、モリーとメリーに教わりながら、魔界の令嬢らしく作法を教えてもらっている。
人間界と魔界では、やはり作法が違っていて、お辞儀の仕方やお茶の入れ方も違うようだ。
食事の仕方は、レオンを見て学んでいる。
元が人間であることを、皆が知っているので、皆が優しく導いてくれる。
作法の先生をお願いしようかと、レオンに相談したら必要ないと言われた。
ダンスの練習もレオンとしている。永遠のような時間があるならば、急がなくても良いのかもしれないとアリエーテも思うようになった。
人間界と魔界では、時間の流れも違って思える。
魔界はゆったりと時間が流れていく。時間の縛りも厳しくはない。
聖女の時は、いつも時計を見ていたのに、魔界に来てからは、殆ど時計など見なくなった。
レオンが席を外すときは、フルスが必ず隣にいる。フルスが休みの日は、パトークやリムネーの時もあるが、必ず、アリエーテの隣には護衛の誰かが着いている。
レオンは、まだアリエーテが突然、死んでしまうことを恐れているのだと思う。
アリエーテが眠りに落ちて、目を覚ますと、毎朝、レオンはホッとした笑みを浮かべる。
「おはよう、レオン」
「おはよう、アリエーテ」
抱きしめられて起きると、互いに身支度を調える。
アリエーテはモリーとメリーに綺麗にしてもらう。
薄化粧をして、白いワンピースを身につけ、白い靴を履く。
ネックレスは指輪とお揃いの美しい輝きを放つ物を付けてもらう。
「鞄の中には最低限の物が入っております。足りないときはご主人様に申し上げてください」
「はい」
モリーからバックをもらうと、着替えのクローゼットの部屋から出て、アリエーテの部屋に向かう。
「今日も綺麗にしてもらったね」
「お待たせしてすみません」
「では、行くか?」
「はい」
モリーとメリーは深くお辞儀をした。その瞬間に体が消えて、瞬き一つする間に、見知らぬ屋敷の前に来ていた。
「いらっしゃいませ。レオン様、どうぞお入りください」
「邪魔をする」
屋敷を守っている騎士団長が出迎え、屋敷に向かう。門から屋敷の玄関まで、かなり距離がある。美しい庭園になっているが、ここを散歩していたら、お昼をすぎてしまいそうだと思ったら、レオンがアリエーテを抱きしめて、瞬間移動をした。玄関の前には、騎士が二人立っていた。
「いらっしゃいませ。レオン様。どうぞお入りください」
扉を開けられて、レオンはやっと歩き出した。
「とても広いのね。お庭を散歩したら、あっという間に1日が過ぎそうね」
「一応、魔界で一番偉い人が住んでいる屋敷だからな」
「一番偉い人なのね?」
「畏まらなくていいからな。俺の兄だ。大したことはない」
「でも、魔王様でしょ?」
アリエーテはレオンに手を引かれて、広間を横切り階段を上がろうとすると、パッと目の前に、男性と女性が現れた。
「ようこそ、やっと捕まえたか」
「ああ、やっと捕まえた」
レオンが話しているのが、魔王様だろうか?レオンとよく似た顔立ちをしている。背丈も同じくらいだ。
「アリエーテ、魔王のオルビスだ。俺の双子の兄だ」
「双子なのですか?」
「ああ」
レオンはスッキリさっぱりと魔王を紹介した。
「魔力は同じ程度だ。レオンが私に魔王の座を譲っただけで、力は同格。もしもの時があれば、レオンが魔王だ」
「勘弁してくれ。もしもの事は起こさないでくれ、やっとアリエーテを取り戻して、幸せなんだ」
「そうか」
魔王は、優しげに微笑んだ。
「王妃のヘルメースだ。アリエーテの姉になる」
ヘルメースはアリエーテに近づくと、その体を抱きしめた。
「別れた頃と変わらないわね?」
「王妃様、アリエーテと申します。生まれ変わり過去の事は覚えておりませんが、これからよろしくお願いします」
「あの頃のようにお姉様でいいのよ?」
ヘルメースはアリエーテの髪を撫でている。
「いいのですか?記憶のないわたしでも」
「勿論よ。1000年も苦労をしたわね。レオン様がこれから幸せにしてくれるでしょう」
「はい」
「ここにも遊びにいらっしゃい。元々仲の良い姉妹でした。アリエーテが亡くなったと知らせが来たとき、いても立ってもいられず、号泣してしまったわ。また会えた奇跡を大切にしたいと思うの。また仲良くしてください」
「……お姉様」
ヘルメースはまたアリエーテを抱きしめた。
「どうか、もう死なないで」
「はい。レオンが守ってくれています」
「そう。それは良かったわ。美しい婚礼の証も出ていますね。安心しました」
ヘルメースはアリエーテの首に出ている婚礼の証に触れた。
よく見ると、ヘルメースの婚礼の証はネックレスの下に出ている。形も色も違う。歪な花の形をしていた。
形や色は人それぞれなのだと気付いた。
「お父様とお母様もお呼びしているの。もうすぐ来るわ。1000年ぶりに家族が揃うわね」
「……家族?」
「実感は湧かないかもしれないけれど、間違いなく家族よ」
ヘルメースはアリエーテを腕に抱いたまま、顔を上げた。
「いらしたわ」
「……アリエーテ」
まだ若々しく見えるのが、両親だろうか?
「お父様、お母様、レオン様がやっとアリエーテを探し出してくださいました」
「レオン様、ありがとうございます」
「挨拶が逆になって申し訳ないが、アリエーテと結婚した」
「はい」
父が頷いた。
「アリエーテは人間界に生まれていた。人間はすぐに死んでしまう。どうしにかして魂を縛る必要があった。美しい瞳に契約の証を残させてもらった。傷物にして申し訳ない」
「いいえ、人間に生まれていたのなら仕方がありません。良く無事に魔界に連れてこられたと感謝しかありません」
母という人は、ずっと涙を拭っている。
ヘルメースが母の元にアリエーテを連れていった。
「お母様、どうぞ抱きしめてあげてください」
「アリエーテ、辛い思いをしてきたでしょう。母がもっとしっかりしていれば、アリエーテを失う事はなかったわ。本当にごめんなさい」
「お母様」
母はアリエーテ抱きしめ、涙を流している。その母の上から父も抱きしめてきた。
「妻だけの責任ではない。私もしっかり家庭教師を見ておかなかったから起きた事件だった。どうか許してくれ」
「わたしは何も覚えていません。どうかご自身を責めないでください。わたしは今、とても幸せです」
「ありがとうアリエーテ」
「幸せであるなら、この幸せな時間を大切にしてほしい」
父の願いだった。
「はい、精一杯幸せになります」
両親が微笑んだ。
「さあ、親子の対面もできた。一緒に食事をしよう」
魔王のオルビスは、妻のヘルメースを連れて、ダイニングに入っていく。
レオンがアリエーテの手を繋いだ。
「人間界の家族は亡くしたが、魔界にはまだ家族はいる。家族に甘えるといい。親孝行にもなるだろう」
「レオン」
「そういうことだ。魔族は長寿だ。アリエーテを亡くしたことは、まだ昨日のことのように思えるだろう」
「レオン、ありがとう」
レオンはニッと笑った。
家族を亡くした悲しみを知った者同士、きっと魔界の家族ともうまくやっていけるだろうと思えた。
皆で食べる料理も美味しくて、楽しくて、またこういう機会を開いてくれると、オルビスは約束してくれた。
魔族の両親も家に遊びに来るといいと誘ってくれた。
アリエーテに思い出はないが、皆の心の中には1000年の年を越えても、まだ思い出は残っているようだ。その事に喜びを感じた。
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