第5話 血の契約
☆
一緒に夕食を食べて、互いに寝る支度を始めた。
モリーとメリーは新しいネクリジェをアリエーテに着せて、髪を綺麗に梳かした。
ネグリジェはウエディングドレスのような白しいシルクでできていて、繊細なレースがあしらわれ、人間界では見たことがない。高級品のように思えた。その上からガウンを着せられた。
男性と一緒のベッドに入るのは初めてで、アリエーテは緊張していた。
「旦那様にお任せしておけば、大丈夫ですよ」
モリーは緊張しているアリエーテに、透明なガラスのポットに花の入ったお茶を淹れてくれた。
「リラックス効果がございます。どうぞ召し上がってください」
「ありがとう」
「このお茶はハーブティーでございます。屋敷の温室で花を育てておりますので、新鮮なお花が摘めます」
「綺麗なお花ですね」
「カモミールでございます。時期によっては、乾燥させた茶葉になったり、どうしても手に入らない時期もございますが、温室で育てていますので、この屋敷では年中新鮮なお茶が楽しめます」
「温室があるのね。今度、見せていただこうかしら」
「ええ、旦那様もお喜びになると思いますよ」
扉がノックされて、レオンが入ってきた。
「旦那様、お支度はできております」
モリーとメリーが深く頭を下げた。
「アリエーテ、寝室に行こう」
「はい」
アリエーテがカウチから立ち上がると、モリーとメリーが、また深く頭を下げた。
レオンは、アリエーテの手を取ると、寝室へ繋がる扉へと連れていった。
扉を開けると、大きなベッドが鎮座している。
「そう緊張するな。いきなり襲ったりしない。共に眠るだけだ」
「……はい」
扉が閉まり、寝室に二人だけになった。
「眠る前に、一つ儀式をしたい」
「どんな儀式ですか?」
「アリエーテの体を俺と同じものにする」
「同じですか?」
「完全な悪魔の体にする」
「……え?」
戸惑ったアリエーテ姿を見て、レオンはアリエーテの体を抱き上げて、ベッドに載せた。
「嫌か?」
「戸惑っています」
「人間の体は脆い。魂は既に悪魔になったが、肉体はまだ人間のままだ。何か遭ってからでは遅い。早めに体も悪魔の物に替えたい」
「レオンが望むなら、わたしは従います」
「そうか、良かった。ここで拒まれたら、諦めなくてはならなかった。無理矢理することもできないわけではないが、心が通わなくては一緒に生きて行くことは難しいだろう」
「まるで夫婦なるようですね?」
「ああ、本来は婚礼の儀式で行うことを、別の形で行う。アリエーテにも、まだ考える時間が必要だろ?」
「良いのですか?」
「ああ、アリエーテが俺を心から愛してくれるまで待てる。1000年も時間は必要ないと思うからな」
アリエーテは微笑んだ。
確かに、1000年も悩み続けることはないだろう。
アリエーテは既にレオンを信頼している。
すぐに結婚して欲しいと望まれても、承諾するだろう。
レオンもベッドに上がってきて、向かい合って座った。
「ガウンを脱いでくれるか?」
「はい」
言われるまま、アリエーテはガウンを脱いだ。脱いだガウンは、レオンが魔術で消した。
レオンはガウンを着たままだ。袖を捲り上げて、腕を晒した。
右手の指が左の腕を撫でると、皮膚が切れて血が流れてきた。
「あっ」
「恐れることはない。この血を飲んでくれ」
「血を飲むの?」
「そうだ」
レオンはアリエーテを抱き寄せて、腕に抱えると、ガウンに滴る血を、アリエーテの口元に持って行った。
アリエーテは戸惑って、最初は傷を舐めていたが、血の甘さにレオンの腕を持ち、コクコクと飲み始めた。アリエーテの頬がバラ色になり、目がお酒に酔ったようにうっとりしている。
存分に飲ませると、レオンは自分で傷口を塞いだ。アリエーテは、まだ腕に残る血を舐めている。
そんなアリエーテをベッドに押し倒して、レオンはアリエーテの首に歯を立てた。
「あっ」
わずかにチクリとして、その後は、陶酔がやってくる。
アリエーテは足をモジモジさせて、レオンにしがみついた。
体中が熱くて、お腹の奥がむずむずする。
レオンがしばらくして、アリエーテの首を舐めた。
儀式が終わったのか、レオンがアリエーテを真上から見つめる。
アリエーテはフニャリと微笑んだ。
なんだか幸せだった。
まるで結ばれたような気がした。
唇に唇が重なる。
血の味のするキスをすると、アリエーテはそのまま目を閉じて、眠りに落ちていった。
真っ白なネグリジェは、まるでウエディングドレスように、美しく見えた。
この日のために、特別に作ったシルクのネグリジェだ。
どうか婚礼の証が、出ますようにと祈る。
レオンは、アリエーテを抱きしめたまま眠りに落ちた。
☆
朝目覚めたレオンは、眠っているアリエーテを起こさないように、しっかりアリエーテの顔や首に痣がないか調べた。
レオンの顔に笑みが浮かぶ。
魔術でレオンは手鏡を出して、自分の顔や首を見ていく。
レオンにも婚姻の証が出ていた。
互いに首に薔薇の花のような模様の、美しい痣が浮かび上がっていた。
アリエーテがレオンを愛している証だ。レオンは勿論、アリエーテを愛している。
この痣は、互いに愛し合っていないと出ない痣だ。
人間のアリエーテの細胞は、今、悪魔の細胞に変化している途中だろう。目覚めには時間が掛かるだろう。魔界の者でも目覚めるまでに1週間かかる者もいる。人間のアリエーテなら、もっと時間がかかるかもしれない。眠るアリエーテに何重も結界を張り、姿を消す魔法をかける。
見えるのはレオンだけだ。
アリエーテに布団を掛けて、ゆっくり寝かす。
レオンは普段着のタキシードを身につけ、笑顔でアリエーテの部屋に向かう。
部屋では思った通り、モリーとメリーがフルスと共に待ちわびていた。
「アリエーテは眠っている。しばらく目を覚まさないであろう」
3人は、レオンの首の痣に気付いて、「おめでとうございます」と頭を下げた。
「結界を張って姿を消してある」
「畏まりました」
フルスが答えた。
「アリエーテが目覚めるまで、モリー頼む」
「はい」
モリーは結い上げていた髪を下ろした。
腰までの長い黒髪がふわりと広がると、そこには、アリエーテがいるように見える。
モリーは魔術でメイド服から愛らしいワンピースを身につけた。
メリーがパチパチと手を叩いている。
「瓜二つですね」
「身代わりにして申し訳ない。危険な任務だ。全力で守るようにしよう。だが、自分でも気をつけていてくれ」
「畏まりました」
モリーは美しくお辞儀をした。
「フルスはアリエーテから目を放すな。姿を消してあるが、万が一の事があると危険だ。俺も絶えず見ているつもりだ」
「畏まりました」
レオンはフルスにもアリエーテの姿を見えるようにした。
婚姻の証のついた二人は、離れていても互いのことは分かるようになる。だが、離れていてもアリエーテから目を離すつもりはない。
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