第4話   初めて

 アリエーテはお風呂を見て、まず驚いた。


 お湯がピンク色に染まっている。真っピンクではなく、透明感のある綺麗なピンク色で、お風呂の中が薔薇の香りで包まれている。


 初め入る高級そうなお湯に浸かると、適度な温度で気持ちがいい。


 しばらくお湯に浸かっていると、モリーが温かなタオルを顔に乗せてくれた。そのタオルからも薔薇の香りがする。温かくて、気持ちが良い。


 うっとりしていると、モリーは顔のタオルを退けて、顔のマッサージを始めた。


 メリーはお湯に浸かった体を洗い出した。


 柔らかな手が、体をマッサージするように洗ってくれる。


 顔をマッサージしていたモリーはタオルで顔を拭うと髪を洗い始めた。


 他人に洗われる髪は、気持ちが良い。しかも今までかいだことのないほど、いい香りがする。マッサージされるように洗われ、気持ちが良くて緊張感も解けていく。下半身を洗われる時は、恥ずかしかったが、メリーは恥ずかしさを感じさせないほど、スッキリと洗い上げてくれた。


 筒からお湯が出る物で、髪を洗い流されて、ピンクだったお湯が流された。


 湯船の中で体から泡が流されていく。筒のなからお湯が出るのは、人間界のレオンの屋敷にもあった。それの使い方は知らなかったが、シャワーと言うらしい。シャワーで体を綺麗に流され、モリーに手を貸されて、お風呂場の中にある細いベッドに横になるように言われた。


 大きなタオルが敷かれていて、アリエーテは言われるまま横になった。初めはうつ伏せで、モリーがいい香りのするオイルでマッサージを始めた。首から足の先まで念入りにマッサージされると、温かなタオルで拭き取られる。今度は仰向けになり首からつま先までマッサージされた。あまり自慢できない胸もマッサージされて、頬が赤くなると、モリーはアリエーテを見つめて、優しく微笑んだ。



「お美しいお体ですね」と・・・・・・。



 褒められるほどの体ではないと思うけれど、初めて体を委ねて褒められるのは悪い気持ちは持たない。綺麗にマッサージされると、温かなタオルで全身を拭われた。オイルの油っぽさも微かにかいた汗も拭い取られ、バスローブを着せられた。



「髪を乾かしましょうね」


「はい」



 モリーに手を引かれ、お風呂場から出るとドレッサーの椅子に座るように勧められた。


 メリーが少し冷めて飲みやすくなった紅茶を淹れてくれた。



「のぼせてはいませんか?」


「はい、大丈夫です。こんなに気持ち良く洗ってもらったのは初めてです」


「そうでございますか?」


「はい、我が家にも侍女はいましたけれど、お顔のマッサージをしていただいたのは、舞踏会のある日に、少ししていただきました。お風呂は自分で入っていましたので、洗ってもらったのは、幼かった頃以来です」



 二人は笑顔で話を聞いてくれる。


 部屋の中にいるフルスも微笑んでいる。鏡越しに見える。


 なんて優しい空間だろう。



「まずはお茶を飲んでくださいね」


「はい」



 飲みやすい温度で、一気に飲んでしまう。


 思っていた以上に喉が渇いていたようだ。


 メリーがまたカップに紅茶を注いでくれた。



「髪を梳かしますね」


「はい」



 モリーが櫛で髪を梳かしてくれる。


 鏡で見ると、やはり自分が写っているように見える。


 自分が自分の髪を梳かしているようだ。



「やはりモリーと似ていますね。まるでわたしがいるみたいに見えます」


「そうでございますか?」



 髪を梳かすと、顔に化粧水やクリーム塗ってくれる。肌がモチモチになると、魔道通風機で髪を乾かしてくれた。


 髪がサラサラになって気持ちが良い。


 我が家にいた侍女とは、ランクが違うとアリエーテは思った。



「どのお召し物になさいますか?」



 メリーが数着持って来て、選ばせてくれる。



「レオンはどんなお洋服が好きかしら?」


「どんなお洋服をお召しになっても、旦那様はお嬢様を好きでしょう」



 アリエーテ頬が赤くなる。



「それでしたら、青色の洋服にします。この洋服はレオンが作ってくれた物だから」


「畏まりました」



 レースの靴下をはかせてもらい、大きな部屋になったクローゼットの中で、下着を着けて洋服に着替えると、扉がノックされた。


 アリエーテは笑みを浮かべて、部屋に戻った。



「アリエーテ、綺麗にしてもらったか?」


「はい、レオン」



 アリエーテはレオンに近づいていったら、レオンに抱き寄せられた。



「寂しかったのか?」


「一緒にいて欲しいの」


「これからは一緒にいよう」



 レオンはアリエーテを抱き上げて、カウチに座った。



「いい香りがするな」


「モリーとメリーが綺麗にしてくれたの」


「そうか」


「俺も風呂に入ってくる。もうちょっと待っていてくれ」


「はい」



 そっとカウチに下ろされて、額にキスをされる。


 アリエーテはまた頬を染めた。


 その顔を見て、レオンはすっと姿を消した。



 レオンはお風呂に入りながら考えていた。


 アリエーテに婚姻の印を刻みたいが、アリエーテの心がレオンを好きでいてくれるのか分からない。出会った頃に比べると、アリエーテはレオンを求めていると思うが、その想いが恋愛感情なのかそれとも助けを求めているのか、まだ判断ができない。


 お互いに好き合っていないと、婚姻の印はでない。


 早まって処女を奪って、失敗してしまったら、婚姻の印が出ないまま過ごさなければならなくなる。


 それなら、互いの血を飲みあって、アリエーテの体を本物の魔族に換えてしまった方が安全かもしれない。互いに好き合っていれば、婚姻の印も出るだろう。


 まだ出会ってそれほど経っていない。アリエーテの心がどれほどレオンを占めているのかも分かるだろう。


 レオンは慎重だ。


 辛抱強くもある。


 抱き合わなくても、心を通わせられるなら、先に心が欲しい。


 少しずつ懐いてもらい、好いてもらえば、これ以上の幸せはない。


 1000年も待ち、やっと手に入れたのだから、慌てる必要はない。


 湯船から上がり、体を乾かすとタキシードに着替える。


 レオンの洋服はすべて魔術だ。


 お風呂に入らなくても清潔を保てるが、考え事をするときは、湯に浸かりたい。


 レオンは方針を決めて、アリエーテを迎えに行く。


 夕食を食べたら、血の交換をしようと決めた。


 屋敷は部下が守ってくれている。


 死神協会も動いている今がチャンスだと思った。



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