第四章 魔界

第1話   魔界の屋敷

 喪服からお出かけ着に着替えると、引っ越しの準備は、終わった。


 造ったときと同じように、屋敷はどんどん崩れて、ただの平地に戻った。


 その不思議さに目を奪われているアリエーテを、レオンは抱き上げた。


 フルスとパトークとリムネーは軍服を着たまま、レオンとアリエーテを護衛するように、左右後方に付くと、瞬き一つする間に、見知らぬ屋敷の前にいた。



「ここが俺の屋敷だ」



 門番に騎士が立ち、「お帰りなさいませ」と二人の騎士が敬礼をする。



「不審者は来なかったか?」


「はい」


「護衛は今まで以上にしっかりしてくれ。グルナは裏切り者だ。ここを通すな」


「畏まりました」



 ピシッと決まった敬礼に、アリエーテは身が引き締まる。


 レオンは歩いてはいない。ずっと浮かんでいる。


 フルスもパトークもリムネーも、同様に浮かんで移動している。


 みんな低い位置を飛んで移動している。歩くよりずっと早い。


 屋敷の玄関にもドアマンのような騎士が立っていて、「お帰りなさいませ」と敬礼してから、ドアを開けてくれる。



「レオンってすごいのね」


「そうでもないさ」



 レオンはやっと床に足を下ろして、さっさと歩いて行く。屋敷にはたくさんの人たちがいて、皆が部屋の端に寄り、頭を下げている。


 大広間のような場所で足を止めると、レオンはアリエーテを床に下ろした。



「皆に紹介する。俺の嫁になるアリエーテだ。今日からこの屋敷に住むことになる。皆、良くしてくれ」


「畏まりました」



 屋敷に務める皆が拍手をしている。


 アリエーテは急いで頭を下げた。



「よろしくお願いします」



 拍手は鳴り止まない。



「ねえ、レオン、わたしレオンのお嫁さんになるの?」


「そのつもりで連れてきた」



 アリエーテの頬が真っ赤に染まる。



「わたし、ただの人間なのよ」


「魂は魔界の物だ。俺の伴侶の証もつけよう」


「うん」


「部屋を案内しよう」


「はい」



 アリエーテが微笑むと、レオンは今度はアリエーテの手を引く。


 二階に上がると、部屋を案内してくれる。



「俺の部屋だ」



 開けられた部屋は、父の部屋のように机があり、ソファーが並べられている。



「ここでは作戦会議やまあ仕事をしていた。ほとんど留守で、仕事は優秀な部下達がしていたが」



 アリエーテは微笑む。


 次の部屋を案内された。



「ここは寝室だ。ベッドしか置いてない。今夜から一緒に寝るか?」


「……え?」



 アリエーテの頬がまた赤くなる。



「無理矢理、襲ったりはしない」


「それなら、はい」


「では、アリエーテの部屋にはベッドはいらないな?」


「わたしのお部屋もあるの?」


「もちろんあるとも」



 寝室の隣の扉を開けると、明るい部屋の中に、今、まさに家具を造っている最中だった。



「家具の好みや欲しい物があれば、言うといい」


「レオンが用意してくれた物でいいわ」


「可愛い事を言う。頭で想像してみろ」


「はい」



 アリエーテは子供の頃に遊びに行っていた令嬢の部屋を思い出した。


 お洒落なドレッサーに宝石箱、カウチにセンターテーブル……。


 レオンは音楽を演奏するように、想像した物を具現化していく。踊るように次々にできあがる家具に、アリエーテは胸の前で指を組んで楽しそうに笑顔でいる。



「すごいわ、レオン」



 部屋の中に入ると、壁に手を突いた。


 その瞬間、壁に扉が現れた。



「この扉で寝室に行ける」


「レオンの魔法は、なんて素晴らしいんでしょう」


「魔王と同等の魔術を持っている。できないことは死者を生き返らせることくらいだ」


「……レオン」


「やっとアリエーテの為の部屋に家具を入れられた。このままこの部屋で、俺と永遠のような時間を過ごしてくれ」


「はい」


「アリエーテ、何度抱きしめても、まだ夢のようだ」


 レオンはアリエーテを抱き上げると、いったん部屋出て1階に降りていくと、そのまま大きな扉を開けた。大きなダイニングテーブルが目に飛び込んでくる。


 ダイニングは、人間界にあったレオンの建てた屋敷のダイニングより広い。大勢が座れそうなテーブルが鎮座し、アリエーテを椅子に座らせると、隣にレオンが座った。



「本物のシェフが作った料理を食べよう」


「はい」


「お帰りなさいませ、レオン様。奥様を無事にお連れできて、わたくしも屋敷の者達も、皆、ホッとしております。奥様、わたくしはこの屋敷のコック長をしているタウと申します。タウとお呼びください。まずは前菜から順にお出しして参ります」



 白いコックの服を身につけたタウが、テーブルに小さなお皿を置いた。


 透明なお皿の上に、小さなカクテルグラスのようなお皿が載って、その中に美しいサラダが盛り付けられている。



「綺麗ね。食べるのが惜しいくらいよ」


「見ていないで食べなさい。次の料理が出てこないぞ」


「順番に出てくるの?」


「そうだ。あちらでは俺が簡単な料理を作っていたが、ここには本物のコックがいるからな。美味しい物が食べられるだろう」


「レオンの料理も美味しかったわ」


「そうか、それは良かった」



 嬉しそうにレオンが笑うと、レオンはフォークを使い、器用に食べはじめた。


 アリエーテもレオンの真似をしながら、食べてみる。


 レモンの味がするさっぱりとしたサラダだった。



「とても美味しいわ。人間界と魔界は同じ素材があるの?」


「もともと同じ大陸だったところを分断しただけだ、多少の違いはあるが、そうそう違いはないだろう」



 アリエーテは頷いた。



「どうして人間は悪魔と争いを始めたのでしょうか?」


「人間は短命だ。魔族は長寿だ。人間は魔族に嫉妬したのだと思う。初めは些細な事だったと思うが、長寿の悪魔を敵対し始め収拾が付かなくなっていった。確かに悪魔の中にも悪いことを企む者もいた。それを認めても、人間もまた同じだ。種族が違うだけで、争いが起きるなら、分断すれば良いと魔王は考えて、人間界と魔界を分断した」



 お料理は美しく美味しい。焼きたての美味しいパンも懐かしい味だ。



「アリエーテの魂も魔界と人間界を行き来していた。気配がしても、どちらの世界に生まれたのかを探すのに、多くの時間が必要だった」


「探し出してくれて、ありがとう。どの時代のわたしも、きっと幸せだったと思うわ」



 レオンは微笑んだ。


 食後に温かな紅茶が出された。


 とても美味しい食事に、最後の紅茶まで美味しい。


 この食事を食べただけで、アリエーテは幸せだった。


 ご馳走様の祈りを捧げ、アリエーテはレオンを見上げる。


 レオンもアリエーテを見ていた。



「アリエーテに本物の侍女を付けたい。まず部屋に戻ろう」


「わたし、自分の事は自分でできると思うわ」



 そっと手を引かれ、ダイニングを出て行く。広い屋敷を歩きながら、アリエーテの部屋に案内される。



「ここは甘えて欲しい」


「レオンが望むならば、それでいいわ」


「フルスは継続して、アリエーテの護衛に付いてもらうが、フルスはもともと軍人だ。行き届かないこともあっただろう」


「そんなことはないわ。わたしを支えてくれた優しいお姉さんみたいだったの」


「その言葉を聞いたら、フルスは喜ぶだろう」



 アリエーテの部屋に入り、カウチに二人で腰掛けると、扉がノックされた。



「どうぞ」



 レオンが答えた。



「失礼いたします」



 フルスは軍服を着ていて、その隣にアリエーテと年端も変わらぬ少女と少し年上に見える女性が立っていた。少女は黒髪で髪を結い上げている。瞳の色はアリエーテと同じ青色だ。お姉さんのような女性は、赤い髪を結い上げていた。



「アリエーテお嬢様の侍女をご案内しました」



 フルスが言うと、二人の侍女は深く頭を下げた。



「侍女長のモリーと申します」



 そう言って頭を下げたのは、黒髪のアリエーテにそっくりな女性だった。



「メリーと申します」 



 赤い髪の女性が頭を下げた。



「モリーさんはわたしとそっくりに見えるわ」


「たまたま似ておるだけだ」



 レオンはアリエーテと手を繋ぎ、そう言った。



「年齢もモリーさんの方が若く見えるわ」


「もともと童顔なのです」とモリーは答えた。


「でも、わたしと似た、モリーさんは危険じゃないのかしら?わたし、狙われているのでしょ?」


「大丈夫でございますよ。私は魔族ですし、こう見えても500歳を超えていますのよ」


「500歳ですか?」



 モリーの言葉に、アリエーテは目を白黒させる。



「侍女長だけあって、腕も確かだ。安心してアリエーテを頼める」



 レオンはモリーを称える。



「フルス、引き続き、アリエーテの護衛を頼む」


「畏まりました」



 フルスは頭を下げた。



「アリエーテ、ゆっくりお風呂に入って、モリーとメリーに綺麗に磨いてもらうといい」


「磨くのですか?どこをどのように磨くのでしょうか?」



 アリエーテは慌てて、自分の体を見下ろす。



「二人に任せておけばいい。しばらく席を外すが、アリエーテには結界が張ってある。何かあれば分かるようになっているし、フルスもいる。安心して寛ぐといい」


「レオン、どこかに行ってしまうの?」


「グルナの調査をしてきたい。夕食の時間までには戻る。しばらく待っていてくれ」


「・・・・・・はい」


「そう寂しそうな顔をするな」



 レオンはアリエーテの頬にキスをすると、立ち上がった。



「行ってらっしゃいませ」


「行ってらっしゃい、レオン」


「すぐに帰ってくる。心配するな」



 そう言うと、レオンはアリエーテの部屋から出て行った。



「お嬢様、お風呂に入りましょうか?」


「はい」


「緊張なさらなくても大丈夫でございますよ」



 モリーに手を引かれて、アリエーテはまるで鏡を見ているようだと思った。


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